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まちに還すコミュニケーション

場のチカラ プロジェクト|Camp as a participartory mode of learning.

exploring the power of place - 010

【本日発行】⛄️「フィールドワーク展XIII:たんぽぽ」が終わって2週間。まだまだ寒い日が続きます。
加藤研のウェブマガジン “exploring the power of place” は、第10号(2月20日号)でひと区切り。あたらしい年度に向かって、準備をはじめます。Volume 2(第2期)は、2017年5月より発行予定です。
今回は、9つのストーリー。→ https://medium.com/exploring-the-power-of-place
◎第10号(2017年2月) 目次
  • 大切なひとと、大切な時間(菅原千夏)
  • ずっとつながっていられる、からこそ(大川将)
  • どうしてダンスをしたいのか(武市陽子)
  • 5秒(和田悠佑)
  • アートはいけず?(家洞李沙)
  • 島らっきょうの季節になると(城間さくら)
  • あのときはここに。(阿曽沼陽登)
  • 再会(土屋麻理)
  • 出会う(加藤文俊)

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研究会シラバス(2017年度春学期)

2017年度春学期からの新規履修/参考文献等については、大学のオフィシャルサイトにある「研究会シラバス」を参照してください。

※ 加藤研メンバー(2017年1月1日現在):大学院(博士課程3名・修士課程1名)・学部(4年生5名・3年生8名・2年生4名・1年生1名)

01 はじめに

ぼくたちは、絶えずコミュニケーションしながら暮らしています。そして、コミュニケーションについて考えることは、(いつ・どこで・だれが)集い、(何を・ どのように)語らうのかを考えることだと理解することができます。つまり、コミュニケーションへの関心は、必然的に「場所」や「場づくり」への関心へと向かうのです。この研究会では、人びとが集う「場所」の成り立ちや「場づくり」について、実践的な調査・研究をすすめています。主題は、 コミュニケーションという観点から「居心地のいい場所(グッド・プレイス)」について考えることです。

ことばを大切に正確につかいたい。つねにそう思いながら活動することを心がけています。たとえば「地域活性化」「まちづくり」「コミュニティ」など、 それっぽくて、その気になるようなキーワードはできるかぎり排除して、慎重にことばをえらびたいと考えています。つまり、コミュニケーションに執着するということです。「わかったつもり」で、ことばをえらばないこと。そして、相手(受け手)を考えて丁寧に語る/表現する姿勢を執拗に求めることです。

 

02 「時間割」にない授業

「研究会」の学びとはどのようなものか。いつ、どこで、誰と、どのように学ぶか。いろいろと考えるべきことがたくさんあります。ぼく自身は、大学の教員になってから、「場づくり」への関心がますます高まりました。(あたりまえのことですが、授業をするわけなので)まずは、「教室」におけるコミュニケーションのあり方を理解することが大きな課題でした。講義科目にかぎらず、「研究会」を開講してみると、なかなか思うようにいかないことがある。どんなに周到に準備や計画をすすめていても、実践の現場では、予期せぬことがたくさん起きます。つねに実験する精神を忘れずに、「研究会」のことを考えるようにしています。

これまでの経験でわかってきたのは、ぼくたちの活動には、インフォーマルなコミュニケーションが重要だという点です。たまたま居合わせた人とのコミュニケーションが、予期せぬ結果へと結びつくことがあります。「未知の隣人」との出会いが、刺激的なコミュニケーションへの第一歩なのです。こうしたアドホックな出会いは、「偶然」に任せていたら、おそらくは実現しないでしょう。あらかじめ予定を組むと、それはすでに「必然」になります。そう考えると、大学におけ る「時間割」という仕組みがとても窮屈に思えてきます。その日の気分で教室をえらぶことはできないし、時間が来たら、否応なしにコミュニケーションを中断 せざるをえないからです。インタラクティブな授業づくりの工夫はたくさんありますが、その多くは「時間割」にしばられています。

実際に、学生とのコミュニケーションについてふり返ってみると、ちょっとしたきっかけが、面白いプロジェクトに結びつくことが少なくありません。教室でのコミュニ ケーションではなく、立ち話やフィールドワークの最中だと、リラックスできるからかもしれません。フェイス・トゥ・フェイスにかぎらず、メーリングリストやSNSも、インフォーマルなコミュニケーション機会をつくるために有用です。

https://www.instagram.com/p/BL2UIqTjkOK/

アスパラ、にんじん、ディル。 #カレーキャラバン #セカンドシーズン

 

誰かの呼びかけが、信頼できるかたちで伝わり、それに対して即座に応えることができるようになれば、即興的な「教室」が生まれます。〈その時・その場〉で結ばれる関係は、緊密なコミュニケーションを実現するはずです。こうしたプロジェクトの仕組みを考えることで、「研究会」のこと、さらには、(ぼくたち以外の)第三者にとっての「研究会」の役割を再考することもできるはずです。

たとえば、もうずいぶん前になりますが、「坂出フィールドワーク2」 では、学生たちはグループに分かれて、商店街でフィールドワークやインタビューをおこない、ひと晩かけて、30秒のCM映像を作成しました。フィールドは「教室」になります。まちを理解するためには、じぶんの足で地面を感じ、そこに暮らす人びとの声を聞くことからはじまります。宿の大広間は、机を並べ れば「スタジオ」として使うことができます。最近のノートPCなら、動画編集は容易にできます。マシンのスペックも、学生たちのリテラシーも、ここ15年で大きく変わりました。さらに、古い民家は「シアター」になります。徹夜で完成させた映像を、地元の人びとに観てもらい、意見交換をしました。調査をおこなった現場で、場合によっては被写体となった人から、直接感想やコメントを聞くことができます。

当時は「モバイルリサーチ」という言いかたをしていましたが、それは、たんにモバイルメディアを使った社会調査/フィールド調査ではなく、調査者が旅をしながら、行く先々で即興的な「場」をつくる試みなのです。90分ひとコマの授業で換算すれば、1泊2日のワークショップ形式で「研究会」を開講すると、少なくとも10コマ分になります。窮屈な「時間割」から脱出して学び、その「場」で生まれたアイデアは、すぐさま人びとに還す/届けることができます。

https://www.instagram.com/p/BL189i2D6kK/

加藤研の食卓。 #kiyamap

 

自然発生的に、そしていろいろなところでこのようなプロジェクトが動き出せば、人びととの関わりについてあたらしい理解を創造できるでしょう。アドホックな集まりが、これからのコミュニケーションのあり方を考えるためのヒントになると考えられます。

こうした問題意識のもと、2006年の秋ごろから「キャンプ」をコンセプトに、「研究会」の活動をデザインしていくことにしました。そもそも、「キャンパス」も「キャンプ」も、広場や集まりを意味する「カンプス (campus)」が語源です。大学の「時間割」によって組織化される時間・空間を再編成して、いきいきした「場」づくりを実践する。その実践こそが、活気のある「グッド・プレイス(good place)」はどのように生まれ、育まれてゆくのかを考えるヒントになるはずです。

 

03 「キャンパス」と「キャンプ」

「キャンプ」は、ぼくたちのコミュニケーションや社会関係のあり方を再認識し、再構成してゆくための「経験学習」の仕組みです。

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「キャンプ」と聞くと、多くの人は、テントを持って出かける、いわゆる「アウトドア」の「野営」活動を思い浮かべるかもしれません。本格的ではないにしても、ぼくたちの多くは、おそらく、幼い頃に何らかの「キャンプ」体験をしているはずです。たとえば、林間学校や野外学習などの一環として、仲間とともに、飯盒でごはんを炊いたり、星空を見上げたり、火を囲んで語ったりした思い出はないでしょうか…。ここで言う「キャンプ」は、必ずしも、こうした「アウトドア」の活動を指しているわけではありません。

 

「キャンプ」は、ぼくたちに求められている「関わる力」を学ぶ「場所」として構想されるものです。さほど、大げさな準備は必要ありません。「キャンプ」は、日常生活のなかで、ちょっとした気持ちの切り替えをすることで、ぼくたちにとって「あたりまえ」となった毎日を見直し、「世界」を再構成していくやり方を学ぶためにあります。それは、道具立てだけではなく、心のありようもふくめてデザインされるもので、思考や実践を支えるさまざまなモノ、そして参加者のふるまいが、相互に強固な関係性を結びながら、生み出される「場所」です。くわしくは、拙著『キャンプ論』を参照してください。

https://www.instagram.com/p/BL4_DlvD0Xy/

歩道はギャラリーに。 #kiyamap

 

さしあたり、「キャンプ」には以下のようなふるまいが求められます。

フィールドで発想する 「キャンプ」では、現場(フィールド)での直接的な体験から、〈モノ・コト〉を考えるスタイルを大切にします。もちろん、本・論文を読むこと、理論的な枠組みをしっかりとつくることも重要ですが、まずはじぶんの目で見ること・じぶんの身体で感じることを重視します。近年、「フィールドワーク」ということばが一般的に使われるようになりましたが、「フィールドワーク」には、地道に観察・記録をおこなうこと、時間をかけてデータの整理や解釈を試みることなど、知識を生成するための「技法」としてのトレーニングには(それなりの)時間とエネルギーが要求されます。まち歩きを愉しむことは重要ですが、一人前のフィールドワーカーとして、足(と頭)を動かすことが求められます。

カレンダーを意識する 忙しいことは悪いことではないと思いますが、じぶんの〈やりたいこと〉と〈やること〉とのバランスを上手く取らないと、すべてが中途半端になります。他の授業やサークル、アルバイトなど、さまざまな活動とともに研究会を「中心」に位置づけることを強く望みます。言いかえるならば、〈望ましさ〉と〈実現可能 性〉をつねに意識するということです。これはやる気、能力、チャンスなどと関連していますが、スケジュールや時間のマネジメントが重要である場合が少なく ありません。中途半端にならないように、研究活動のカレンダーをきちんとデザインすることが重要です。

じぶんを記録する  フィールドワークを基本的なアプローチにする際、調査の対象となる〈モノ・コト〉への感受性ばかりでなく、テーマに取り組んでいるじぶん自身への感受性も重要です。つまり、じぶんが、いったいどのような〈立場〉で〈モノ・コト〉を見ているのか…をどれだけ意識できるかということです。また、その〈立場〉をどのように明示的に表現(=つまりは調査結果の報告)できるかが大切です。フィールドワークをおこなう際には、現場で見たこと・発見したことを書き留めるためにフィールドノートを書くのが一般的ですが、研究会の時間をふくめ、日々のじぶんを記録します。

2016年春学期から、全員が同じスケッチブックを持ち歩いて、日々の調査研究のこと、気づいたことなどを綴りました。文字だけではなく、観察、図解、概念化などさまざまな思考を整理するために、引き続きスケッチブックを活用します。(スケッチブックは開講時に配布)

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04 まちに還すコミュニケーション

すでに述べたとおり、この研究会では、とくにコミュニケーションという観点から「場」 や「場づくり」について考えます。日常生活のなかで、いきいきとした「グッド・プレイス(good place):居心地のいい場所」はどのように生まれ、育まれてゆくのか…。まずは、じぶんの足で歩くことからはじめます。五感を駆使してまちをじっくりと眺め、気になった〈モノ・コト〉をていねいに「採集」することを大切にします。それは、つまるところ、人との関係性を理解することであり、じぶん自身と向き合うことでもあります。「キャンプ」は、こうした問題意識で活動するための方法と態度を示すコンセプトです。

「場」 は、たんなる物理的な環境ではなく、人と人との相互作用が前提となって生まれます。つまり、上述のとおり、「場」は、コミュニケーションのための空間・時間の整備として、アプローチする必要があります。さらに、人びとが「状況(situation)」をどう理解するかは、個人的な問題であると同時に、社会的な関係の理解、環境との相互作用の所産として理解されるべきものです。たとえば関わる人の数によって「場」の性質は変わるはずです。単発的に生まれ、一 度限りで消失する「場」 もあれば、定期的・継続的に構成され維持されていく「場」もあります。

こうした人びとの暮らしや生活を理解するための「しかた」(つまり、調査・学習・表現に関わるさまざまな考え方・道具・実践)をデザインし、実際にフィールドに出かけて、その有用性を試すこと、意味づけをおこなうことが、この研究会の中心的な活動になります。ここ10年ほど、全国各地を巡って、人びとの暮らしやまち並みに接近する「キャンプ」の実践をすすめてきました。これまで20数回実施しましたが、少しずつ すすめて、47都道府県の踏査を目指しています。また、高校生向けのプログラムや、中長期的な滞在、あるいは繰り返し(おなじまちを)訪問するやり方な ど、いくつかのバリエーションも生まれつつあります。

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キャンプ|2004〜2016(2017年1月1日現在)→ http://camp.yaboten.net/entry/area_index

 

2017年度春学期は、引き続き「キャンプ」という方法と態度を身につけながら、「まちに還すコミュニケーション」について考えます。

すでに触れたとおり、考えたいのは、ぼくたちの「関わる力」です。つまりそれは、見知らぬ土地を訪れた場合でも、そこに暮らす人びとに近づく能力です。そして、たんに調査をし、データを持ち帰るだけではなく、きちんと「まちに還す」ことを考えてみたいと思います。ぼくたちは、結局のところは「よそ者」として 地域に入り、短い滞在で出て行くことになります。それでも、騒いでゴミを置き去りにするだけの「よそ者」ではなく、「調査されるという迷惑」に自覚的でありたいと思います。何かを残し(還し)、少しでも余分にゴミを拾ってから帰路につくような「キャンパー」を目指したいのです。

「まちに還すコミュニケーション」については、『キャンプ論』(2009)の「副読本」という位置づけで小冊子をつくりました。下記よりダウンロードして、じっくり読んでみてください(iPadのスクリーンサイズのPDFなので、iPadで読むと快適かもしれません)。冊子も多少の余部があるので、キャンパスで声をかけてもらえれば、渡すことができるでしょう。

 

05 観察者から関与者へ

ここで、最近の具体的な活動の様子として「基山キャンプ」を 紹介しておきましょう。「基山キャンプ」 は、2016年10月21日(金)~23日(日)にかけて基山町(佐賀県)で実施したプロジェクトです。2名のグループで、基山に暮らす人びとを取材することができました。このビデオは、現地にいるあいだに撮影と編集を済ませ、「キャンプ」のプログラムのなかで上映・鑑賞したものです。

撮影・編集:檜山永梨香・菅原千夏

【キャンプの最後に、みんなでこのビデオを観て、3日間をふり返りました。】

 

このように、訪れた先々で、[まちを歩く]→[人と出会う・語らう]→[仲間と語る・考える]→[つくる]→[見せる・還す]というプロセスを経ながら、人びととのコミュニケーションのあり方(そして、その「集まり」の構造)を体験的に学びます。あたえられた状況を理解し、かぎられた時間内にみずからの知恵や経験を動員して、課題に向き合います。この一連のプロセスを「キャンプ」と呼んで、概念的に整理しています。

「キャンプ」で実践的に考えてみたいのは、たんなるフィールド調査の方法ではありません。従来からある「問題解決」(ビジネスモデル的発想)を志向したモデルではなく、「関係変革」 (ボランティアモデル的関わり)を際立たせた、あたらしいアプローチを模索しています。より緩やかで、自律性を高めたかたちで人びとと向き合い、その「生きざま」 を描き出すことを目指します。つまるところ、ぼくたちは「調査者」という、特権的に位置づけられてきた立場をみずから放棄し、人びとの日常と「供に居る」立場へと向かうことになります。その動きこそが、変革のためのよき源泉になると考えているからです。

 

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何が起きるかわからない…。ぼくたちは、変化に満ちた時代に暮らしています。たとえば、じぶんの身近な生活空間について考えてみると、まちや地域をめぐる暗い話題は絶えません。実際に、「シャッター通り」と呼ばれるような商店街は、閑散としていて、寂しい気分になります。何らかの方策を求める声が聞こえてくるのも確かです。しかしながら、ここ10年ほど、学生たちとともに全国各地を巡っていて、あらためて気づいたのは、そのような不安(あるいは不満)、問題に向き合いながらも、明るくてエネルギッシュな人びとが、確実にいるということです。そこに、「何があっても、どうにかなる」という、人びとの強さを感じ ます。また、諸々の問題を抱えながらも、ぼくたちを笑顔で迎えてくれる優しさにも出会います。それが、リアルです。

この圧倒的なパワーを持って、ぼくたちの目の前に現れるリアリティに、どう応えるか。それはまさにコミュニケーションに関わる課題であり、ぼくたちが「場のチカラ プロジェクト」 として考えてゆくべきテーマです。お決まりの調査研究のスキームに即して、「報告書」を書いているだけでは、ダメなのです。つぶさな観察と、厳密な記録、 さらには人びととの関わりをもふくめたかたちで、学問という実践をデザインすることに意味があるのです。

 

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【基山キャンプで制作したポスター → http://camp.yaboten.net/entry/2016/10/23/134916

 

ぼくたちの活動は、いわゆる「まちづくり」「地域づくり」「地域活性」といったテーマと無縁ではありません。でも、いわゆる「処方箋」づくりにはさほど関心がありません。 そもそも「処方箋」などつくれるのだろうか、と問いかけることのほうが重要だと考えます。「ふつうの人びと」の暮らしにできるかぎり接近し、その強さと優しさに光を当てて可視化するのです。そこまで行ければ、じゅうぶんです。あとは、人びとがみ ずからの暮らしを再定義し、そこから何かがはじまるはずです。「キャンプ」は、このような人間観に根ざした学問をつくる試みとして位置づけることができます。

 

これを読んでください。

◎2016年5月に刊行した、加藤研のウェブマガジンです。毎月1回、メンバーが分担して記事を書いています。テーマの方向性や雰囲気がわかるはずです。定期的に記事を書くことで、一人ひとりの筆力の向上を目指します。

 ◎「キャンプ」というアプローチは、当然のことながら「滞在型学習」と密接に関わっています。現在、「キャンパス」で進行している「SBC」のプロジェクトには、おもに基本的な考え方やプログラムづくりという観点で関わってきました。「生活のある大学」というテーマでアイデアを整理しつつあります(まだ、まとまりのない文章ですが)。

◎ぼくたちは「フィールドワーク」と呼ばれる方法や態度を大切にしています。「フィールドワーク法」という講義も担当していますが、以下の文章を読むと、その基本的な考え方がわかるはずです。参考までに。

  • 加藤文俊(2014)まちの変化に「気づく力」を育むきっかけづくり(特集・フィールドワーカーになる)『東京人』5月号(no. 339, pp. 58-63)都市出版
  • 加藤文俊(2014) ツールを考えるということ(特集・フィールドワークとツール)『建築雑誌』12月号(Vol. 129, No. 1665, pp. 32-35)日本建築学会

◎それから、こんなのもあります。

  • 「瞬間」をつくる[AXIS jiku 連載コラム「x-DESIGN/未来をプロトタイピングするために」Vol. 4 加藤文俊×藤田修平(2013年6月)] [http://goo.gl/xSfKx]
  • まちを巡り、人びとの暮らしに近づく。 地域の魅力を照らす、フィールドワークという方法と態度。[SFCオフィシャルサイト:SFCの革命者(2011年7月)] [http://www.sfc.keio.ac.jp/vanguard/20110726.html]
  • 人の暮らしに飽くなき興味を[大学院XDプログラムオフィシャルサイト:XD教員インタビュー(2012年3月)] [http://xd.sfc.keio.ac.jp/features/2012/interview-kato/]

2017年春学期

キャンプ:全員で(1-2-3-4年生+大学院生) 2017年度春学期は、「キャンプ」を2回(5, 6月を予定)実施する計画です(詳細未定)。

卒業プロジェクト:4年生(個人) 4年生は、それぞれのテーマで「卒プロ1」に取り組みます。

フィールドワーク:1-2-3年生(グループ) グループに分かれてフィールドワークに取り組みます。2017年度のテーマは「連れてって(Take me)」です。詳細は開講時に説明します。参考:http://okamochi.delivery/

[参考]これまでにおこなわれたグループワークのテーマと成果のまとめサイト

スケジュール

2017年

  • 4月中旬:合宿(滞在棟, 計画中)
  • 5月12日(金)~14日(日):キャンプ(茨城県, 調整中)
  • 6月23日(金)~25日(日):キャンプ(調整中)※日程変更の可能性あり
  • 8月上旬(~中旬):キャンプ(「特別研究プロジェクトB」として開講予定)

exploring the power of place - 008

【本日発行】🎄おはようございます。いよいよ、今年も残すところ10日ほど。加藤研のウェブマガジン “exploring the power of place” 第8号(12月20日号)をお届けします。今回は、9つのストーリー。→ https://medium.com/exploring-the-power-of-place

◎第8号(2016年12月) 目次
  • 帰る場所(菅原千夏)
  • ひみつの肉球(橋本彩香)
  • 「定点観測」研究序説:1(高野公三子)
  • 愛情の向かう先。(城間さくら)
  • 一枚だけ、届きます。(阿部梨華子)
  • 12:55(和田悠佑)
  • 手紙のはなし。(阿曽沼陽登)
  • さようならの旅(此下千晴)
  • 「継続」を可能にするしかけ(大橋香奈)

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exploring the power of place - バックナンバー

☕️“exploring the power of place”は、加藤研のウェブマガジンです(2016年5月に創刊)。毎月20日、Mediumのパブリケーションとして発行しています。

 Volume 1(第1期:2016年5月〜2017年2月)

2016年

2017年

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創刊号(2016年5月20日)

 

方法は、いろいろある。(2)

続けるための方法

近年、大学の研究室やゼミが、(地方の)まちを訪れて「フィールドワーク」をおこなう活動が増えているようだ。近年、と書いたが、じつは住民参加型のまちづくりワークショップなどは、数十年前からさまざまな形で実践されているので、それをふまえると、大学(大学生)と地域との連係の試みは、それほど新しいことではないだろう。最近増えている(ように見える)のは、大学のカリキュラムのなかに学生たちの「現場体験」を取り込もうという、一連の試みだととらえたほうが適切かもしれない。
学生にかぎったことではないが、「現場」での即時的な判断や行動力が問われることは少なくない。さまざまな複雑な問題に向き合うとき、細分化された専門性ではなく、複合的・総合的に状況を定義する能力やセンスが求められる。そして、その状況そのものが、めまぐるしいスピードで変化しているのだ。さらに、対面的な場面ではなく、ネットワークを介したやりとりに向かいがちな若者たちの「コミュニケーション能力」を育むという問題意識も「フィールドワーク」への関心の高まりと無関係ではないように思える。10年ほど前から聞くようになった「社会人基礎力」をめぐる議論は、こうした一連の問題意識の表れだと理解することもできる。(この「社会人基礎力」という考え方自体には、さまざまな意見があるが。)

いっぽう、『キャンプ論』でも触れたとおり、現場志向の強い学生はたくさんいる。「フィールドワーク」のような社会調査にかぎらず、ボランティアやインターンシップなど、さまざまな形で、学生たちは大学の「外」へと向かおうとしている。また、多くの学生が、それなりの時間とエネルギーをアルバイトに費やしているので、社会経験を積む機会はすでに提供されていると言ってもよい。いずれにせよ、大学の「外」を知る機会を持つことことは重要だ。

「キャンプ」という概念は、「キャンパス」と対比させながら位置づけている*1。大学で講義や演習をとおして触れた内容は、大学の「外」で、その適用・転用可能性を実感できたときにこそ、いきいきとした知識になる。「キャンプ」における身体的な理解を、こんどはもういちど「キャンパス」に持ち帰る。この往復をくり返すことは、直接体験と言語化(概念化)の試みを交互にくり返すことである。
この10年ほど「キャンプ」を続けてきて、ようやくひとつの(ワークショップ型の)「プログラム」として企画、実施できるようになった。毎回の現場はそれぞれがユニークで一回きりだが、より汎用的な形で「プログラム」を構成するための知識や段取りは、経験を積みながら学んできた。最近では、むしろ惰性で進行したり、(組織上の)弛みが表面化したりすることが課題として表れつつある。

https://www.instagram.com/p/BMu-myODHNB/

【2016年11月13日(日)|深浦の人びとのポスター展2(深浦キャンプ2)http://camp.yaboten.net/entry/fukap2

 

「プログラム」としては整ってきたが、重要なのはこの先も継続してゆくことだ。事例を増やすことも、また特定のフィールドにより深くかかわってゆくことも、いずれも「プログラム」の持続可能性しだいだ。その方法を模索するとき、まず考えなければならないのは、「キャンプ」に必要な費用の問題だ。つまりは、ぼくたちの自立である。頻繁に「キャンプ」に出かけることは、魅力的に響くかもしれないが、交通費、宿泊費、もちろん食費も必要だ。「先立つもの」がなければ困るというのが現実なのだ。
そして、当然のことながら、自立だけではなく、自律についても考えなければならない。「キャンプ」では、できるかぎり制約を受けずに、ぼくたちなりに考え、ことばを発することができるような環境づくりをしたい。そのためには、さまざまな調整も必要になる。

「深浦キャンプ」の実践

「キャンプ」における自立性を確保するためのもっともシンプルな方法は、「自腹」でおこなうということだ。大切な(そして現実的に負荷がかかる)部分を、学生たち一人ひとりに委ねてしまうことになるが、自らの「懐を痛める」ことで、より主体的にかかわる意識が生まれることもたしかだ。各自が「元を取る」つもりで、向き合うことになるからだ。(行き先にもよるが)実際には、事前に余裕をもって旅程を計画すれば、比較的安価な交通手段が見つかることも多い。ときおり、「キャンプ」の方法に興味をある人に話すと驚かれるが、ぼくたちの「キャンプ」は、いつも原則として「現地集合・現地解散」である。日時と集合場所、そして滞在中の行程を事前に共有しておくだけだ。海外で「キャンプ」を実施したときでさえ「現地集合・現地解散」である。

そして「自腹」で活動していれば、それは自律につながる。契約関係などは前提とせず、自らの責任において「懐を痛めて」いるのだから、制約を受けずにのびやかに活動することができる。「自腹」は、(実現は難しい場合もあるが)もっとも単純に自立性と自律性を手に入れる方法だ。

深浦キャンプ」(青森県深浦町)は、いつもとはちょっとちがった方法で実施することができた。経緯の詳細は省くが、下図のように、自治体と企業、そして大学との3者で関係を結ぶことで、プロジェクトが実現した。形式的には「産学官連携」の事業ということになるだろう。どの立場で語るかによって、この方法の見え方は変わってくるが、加藤研とまちとのあいだには、通常の「キャンプ」と同様の関係性が担保されていた。つまり、学生たちは深浦に暮らす人びとを取材し、その成果をポスターにまとめて表現し、最終日には成果報告会(ポスター展)を開くというものだ。まちの人びとには、取材に協力してもらい、現地での移動や作業環境などについては自治体のサポートを仰ぐ。これまでに続けてきた2泊3日の行程はほぼそのままで、滞在先の条件を勘案しながら、詳細を調整したくらいだ。

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【2015年6月・2016年11月|深浦町(青森県)での実施体制】

 

いっぽう、自治体は、企業に対してプロモーション支援(旅行予約の件数アップを目指したコミュニケーションデザイン)を委託している。たとえば特設サイトを公開し、そのサイトを介して、宿泊予約件数の増加を目指す。成果は、予約件数や来訪者数という具体的なデータとなって表れる。ぼくたちは、そのプロモーション用の素材を提供するという役割で、旅費・宿泊費の支援を受けた。

特筆すべきなのは、ぼくたちが ふだんおこなっているポスターづくりは、いつもと同じやり方で実施することができたという点だ。つまり、(自治体から業務を委託されている)企業に指示されて行動することはなかった。ぼくたちは、いつもどおりに活動し、そのプロセスを企業の担当者が取材するという形で進行した。つまり、取材している学生たちを、さらにその「外」から取材して記事を書き、それがプロモーション用サイトの素材になるという流れだ。もちろん、学生たち自身も取材を受けたり、あるいは現場にはふだんはいないはずの企業の担当者が同行していたり、まったく同じだったとは言えないのだが、それでも、ストレスを感じることはなかったようだ。

このやり方は、いままでにはなかった。2015年6月にこの方法で「深浦キャンプ」を実施し、幸いなことに、それなりに好評だった。ポスター(およびポスター展)という形での成果のみならず、宿泊予約件数の増加にもつながったようだ。ぼくたちは、交通費・宿泊費のサポートを得て、いつもと同等の自律性を保ちながら「キャンプ」をおこなうことができた。同時に、自治体と企業との契約関係についても、好ましい結果が出たということだ。その成果をふまえて、2016年11月には同じやり方で、「深浦キャンプ2」を実施するにいたった。

なにより感謝すべきなのは、自治体も企業も、ぼくたちの「キャンプ」という方法と態度をよく理解し、肯定的に受け入れてくれたという点だ。ぼくたちのつくるポスターでは、屋号や商品名など、ビジネス・プロモーションに必要だとされる情報は、意図的に割愛する。人びとの「生きざま」を表すために、ポスターをつくるからである。その方針についても、最初の段階から共感をえることができた。通常のポスターとはちがうという点が理解されていたからこそ、取材の方法もポスターづくりの実践も、なんら干渉されることなくすすめることができたのだ。

プロジェクトを続けるための方法は、他にもいろいろと考えることができるはずだ。自立と自律を実現するためにも、引き続きアイデアを練るつもりだ。だが、どのような方法を考案するにせよ、ぼくたちの行動を規定する「キャンプ」の考え方をきちんと説明し、理解してもらうことは大前提だ。活動内容の理解を促すためのコミュニケーションには、努力や工夫を惜しまず、また、毎回の活動の記録や所感を地道に蓄積しておくことも大切だ。🐸(つづく)


 

*1:くわしくは、『キャンプ論:あたらしいフィールドワーク』(慶應義塾大学出版会, 2009)を参照