読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

まちに還すコミュニケーション

場のチカラ プロジェクト|Camp as a participartory mode of learning.

宇宿フィールドワーク

電車を降りたくなるまち。

宇宿を歩く

学生たちとともにまちを巡る、「リサーチキャラバン」の試みで、初の九州へ…。今回は、鹿児島市の宇宿(うすき)商店街を歩くことになりました。当初は、江ノ電や函館市電で実践した「中吊りギャラリー」の鹿児島編を考えていたのですが、素敵な「出会い」に導かれて、宇宿で電車を降りてみました。
ぼくたちは、これまで、「よそ者・若者・バカ者」ならではの、ものの見方・考え方を活かしたフィールドワークをおこない、地域資源を発見・再発見しながら、地域メディアのデザインをすすめてきました。
たとえばポストカードやまち歩き用の音声ガイド、電車の中吊り広告など、調査結果をできるかぎり具体的なかたちで公開・流通させ、さらにあたらしい関係性を育むために役立てようという試みです。今回は、5名程度のグループに分かれて、宇宿商店街を中心とするエリアのフィールド調査をおこないました。

編集しない

学生たちは、まちを歩きながら、「電車を降りたくなるまち」というテーマでストーリー構成を考えます。そして、撮影です。徹夜でビデオを編集するのは、それはそれで「合宿」の良さがあるのですが、せっかく数百キロも旅したのですから、みんなで食べたり飲んだり、そして、地元のかたがたと語ったりという時間も必要です。少しばかり、のんびりと鹿児島を見物する余裕をもつために、今回は、編集なしのビデオ作成にしました。
厳密には、編集しない…のではなく、あとから編集できないということです。ポーズボタンを多用しながらカットをつないだり(ストーリーにしたがって、少しずつつなぐ)、長回しで撮ったり、というやり方です。昼前からスタートして、陽が落ちる頃までに、ビデオを完成させる必要があります。
いろいろとやりづらい面もあったはずですが、この編集なしというやり方のおかげで、夕刻から地元のかたがたを招いて上映会を開き、そのあとは交流会…という流れが実現しました。

まちに還す

陽が落ちると、外での撮影が難しくなるので、いやでも、夕刻には作品ができあがることになります。あるいは、ムリヤリ、完成させるということかもしれません。まさにできあがったばかりのCM映像を、地元の人びとに観てもらい、意見交換をしました。
いうまでもなく、学生たちの作品を評価するのは教員だけではありません。調査をおこなった現場で、場合によっては被写体となって映像に登場する人から、直接、感想やコメントを聞くこともできます。すべてが、リアルで鮮明な体験です。
今回作成されたCM映像は、「おきみやげ」のようなものです。つまり、ぼくたちは「電車を降りた」記念に、そしてお世話になったお礼に、「何か」を置いて帰るということです。ぼくたちの「おきみやげ」をどうするか…。それは、地域のかたがたにおまかせします。「一宿一飯の恩義」ならぬ、「一服一杯の恩義」です。このご縁があれば、ぼくたちは、ふたたび「電車を降りたくなる」はずです。

時間を出し合う

今回、一番うれしかったのは、地元の大学生(鹿児島国際大学・経済学部 地域創生学科)の皆さんと一緒に活動できたことです。これまでにも企画はあったものの、なかなか実現にはいたりませんでした。もちろん、フォーマルな「大学間交流」ではありませんが、だからこそ、ゆるやかに過ごせたように思えます。
この日は、8名ほどが、ぼくたちと一緒に活動してくれました。はじめて会った人と、どのように語り、ビデオづくりをすすめるか。そこからが、課題です。
いささか唐突ですが、「地域に開かれた大学」を考えるとき、ぼくたちは、「大道芸人」のように発想することが大切なのだと思います。大道芸人は、トランクひとつでまちを巡り、瞬時にまちを「ステージ」に変えることができます。魅力的な芸があれば、道ゆくひとは、足をとめてくれるのです。それを目指して、芸を磨かなければならない。
ぼくたちも、旅をしながら、行く先々で創造的な「場」を立ち上げてみたいと考えています。たとえば、カバンからビデオカメラ取り出して、まちの良さを綴るのです。若くてしなやかな「まなざし」があれば、人は立ち止まって、声をかけてくれるはずです。そのためにも、ぼくたちは、じぶんたちの活動を、「外」へと開きながら、五感を駆使してまちを歩くのです。