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まちに還すコミュニケーション

場のチカラ プロジェクト|Camp as a participartory mode of learning.

師匠は「考えるな、感じろ」と言う(4)

香港 レポート

Day 4: 考える・つくる

2014年3月3日(火)

あっという間に4日目。

今朝は、Heritage of Mei Ho House Museum(美荷樓生活館)の見学から。博物館といっても、ユースホステルの敷地内に併設されているものなので、それほど期待していなかったのだが(すみません)、いい意味で裏切られた。前に少し触れたように、今回の逗留先になったMei Ho House(美荷樓)は、1950年代の大火事のあとの再生プロジェクトで生まれ変わった共同住宅だ。そのリノベーションの一環で、宿泊施設やカフェとともに、この博物館がつくられた。ここでは、この界隈の暮らしの記録をとおして、香港の歴史をうかがい知ることができる。

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写真、年表などのパネルや映像で展示が終わると思っていたら、ひとつ上のフロアに、当時のようすを再現した「モデルルーム」があった。かつての住戸が、そのまま博物館の展示スペースになっているので、(あたりまえなのことだが)扉や窓のサイズ、柱などはすべて原寸大だ。というより、当時といまが混ざっている空間だ。だから、博物館のなかの展示でありながら、とても面白い。家族構成を想い浮かべながら、間取りや調度品を眺めることができる。70年代の政府による宣伝写真は、秋学期のプロジェクトで観た『団地への招待』で描かれていた、日本の団地の暮らし(のイメージ)を彷彿とさせる。予想以上に見ごたえがあった。1時間ほどかけて愉しんだ。

https://instagram.com/p/zv7UVLpZeE/

 

ぼくたちの「キャンプ」は、フィールドワークやインタビューのあとで、その場で成果をまとめて「置いて帰る」のが基本だ。ポスターづくりのプロジェクトでは、滞在中に印刷して、その取材対象になった人にポスターを直接手渡してから帰る。明日の朝のプレゼンテーションのために、午後4時をデータの入稿期限に設定していた。どうやら、学生たちの部屋だとWiFiの調子があまりよくないらしく、みんな、階下に集まってくる。Mei Ho Houseのパティオに、PCがたくさん並ぶ。

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おなじテーブルに集いつつ、ひとり一人は別々の作業をしている。一緒にひとつのモノをつくるという、いわゆる共同作業ではなく、それぞれが、お互いの存在をごく身近に感じながらすすめる「グループ・ワーク」だ。じぶんのPCのディスプレイを注視しながらも、あれこれおしゃべりをする。この不思議な一体感は、悪くない。ざっと見ていたところ、ポスターのデザインは順調なようすだったので、このあとの印刷をジョイスと数名の学生たちにまかせて、まちに出かけることにした。

 

今回の「特別研究プロジェクトB」は、ゆるやかなスケジュールに見えるが、諸々の作業時間のことを考えると、意外に忙しい。じつは、一か所だけ、時間があったら見に行きたいところがあった。地下鉄を乗り継いで、Sheung Wan(上環)へ。PMQ(元創方)を目指した。海に近づいたからだろうか。急に蒸し暑くなった。

PMQも、Mei Ho Houseのようにリノベーションによって生まれ変わった場所だ。PMQは、Police Married Quartersという家族向けの警察の宿舎だった。まちの中心部にあって、戸数もかぎられていたので、家族構成や職位、経験などに応じて入居の審査がお こなわれたらしい。ここに居をかまえることが、ひとつのステータスシンボルになっていたのだろう。そのPMQが、そのまま複合施設の名称になった。Hong Kong Design Centreや香港理工大學などもかかわってすすめられたリノベーションで、去年の6月にオープンしたばかりだ。

もちろん、日本でも、さまざまなリノベーションのプロジェクトがある。「あ、PMQって、3331みたいだな…」と、ふと思い、その直後に、年度末に向けて仕上げるべき「文プロ」の仕事が頭をよぎった。フロアはとても綺麗に整えられていて、2棟をつなぐQubeという多目的ホールの上は、ルーフトップガーデンになっている。まだ準備中のテナントもあった。洋服、靴、鞄や革製品、デザイン小物などの店が多かった。(若手の)クリエイターやデザイナーたちが出店して、「クリエイティブ産業」のショーケースのような場所をつくろうという試みだ。

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警察の宿舎になる前は、中央書院という香港初の公立西洋式学校だったとのことで、当時の階段(階段の一部)や土台の石など、わずかながらも、さらに昔の香港が丁寧に保存されている。残念ながら、「時層」が露出しているようすは、ゆっくり見る時間がなかった。急ぎ足でPMQを見物してから、いちど宿に戻り、それからディナーへ。

 

この日は、ジョイスのセッティングで、新界(New Territory)まで行き、「盆菜」を食べることになっていた。「盆菜」は、旧正月やお祝い事のあるときに、大人数で集まって食べる料理で、新界で受け継がれているスタイルらしい。おせち料理ということだろうか。ぼくたちは、まだわずかに旧正月の賑やかな雰囲気がまちに残っているタイミングで出かけたので、「盆菜」を食べることができた。

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「盆菜」の由来については、いろいろな話があるようだが、南宋の皇帝が新界に来たとき、おもてなしのための器やカトラリーがじゅうぶんに揃わず、いろいろな具材を、ひとつの鍋(盆)にまとめて盛りつけて出したのがはじまりらしい(…と、ジョイスのパパが説明していた)。てんこ盛りだ。巨大な鍋(盆)から、肉があふれそうになっている。それを火にかける。だが、ぼくたちのよく知っている鍋とはちがう。火にかけているうちに、野菜がしんなりとしてボリュームが減る…ようなことはない。なかなか減らない。下のほうに入っているという野菜や豆腐にたどりつくまでには、(いろいろな)肉のレイヤーをたいらげなければならない。白ビール(1664 Blanc)を飲みながら、みんな、満腹。

いよいよ、明日はプレゼンテーションだ。

(つづく)