まちに還すコミュニケーション

場のチカラ プロジェクト|Camp as a participartory mode of learning.

フーカットで考えた。(3)

Day 3: 2017年3月11日(土)

朝は、思っていたよりもずいぶん涼しい。きょうは、“Dream Class”を訪ねることになっていた。ホテルを6:00に出発して、キャッタン地区(Cắt Thành)を目指す。生徒たちは、早い時間から集まりはじめるとのことだ。クルマのなかで、バインミーをほおばる。1時間ほどの道のりだった。すでにこれまでのレポートで書いたように、とにかくすべてが「初対面」なので、まずは観察するしかない。

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“Dream Class”は、日曜日の学校を利用して開かれる。学校にかぎらず、すでに地域コミュニティにある集会所でも公園でも、場所さえ見つかれば、「教室」を開くことができる。それは、(あらたに施設をつくるというような大げさなことをしなくても)地域にある資源を、上手に「資産化」するやり方だ。(通常の学校は)日曜日は休みなのだから、あとは、空き時間を使うための段取りだけだ。机もイスも黒板も、すでにある。理屈は簡単だが、実際に1校目がスタートするまでに、着想から10年くらいかかったという。きょう訪れたのはその2校目で、開校してからまもなく半年という段階だ。

生徒たちは、すでに集まっていた。思っていたよりも規律正しい「教室」だというのが、最初の印象だ。生徒も先生も、淡いピンク色のポロシャツ(左胸と背中にはプリントしてある)を着ている。単純なことながら、お揃いのユニフォームは一体感を生む。みんなが揃ったところで校庭に出て、身体を動かす。ラジオ体操が「始業」の合図になるのと同じように、全員でウォーミングアップをするということなのだろう。

話を聞いてみると、この2校目の開設については多くの支援があったという。政治的な力学も、多少なりともはたらいていたようだ。もちろん、ボランティアの教員たちの想いや努力も無視することはできないだろう。だが、おそらくは、5年目を迎えている1校目(明日、訪問する予定)の実績や評判が理解者を増やし、この試みが広がってゆくのを後押ししているはずだ。その意味では、テレビ局に取材されることも大切だ。こうした試みは、後発のほうが早く環境が整うのかもしれない。
今朝ぼくが見た“Dream Class”は、かなりハイペースで進化しているようだ。ぼくは、この「教室」のようすを眺めながら、ちょっと心配になった。というのも、こうした試みは、地道に続けていくことが大切だからだ。不意に、ぼくたちが数年前に三宅島でひらいた「教室」のことを思い出す。あの「教室」は、もともと変則的なものではあったが、さまざまな事情で、2年間しか続けることができなかった。
“Dream Class”は、子どもたちのために、その「夢」のために、週に一回は、かならず開かれなければならない。老婆心というやつだろうか。(決して水を差すつもりはないが)あまりペースを上げて、がんばりすぎないほうがいいのではないか。そう思った。いろいろな決まり事をつくると、いずれ、それが制約に変わって、かえって動きを緩慢にすることがある。

ランチを終えてから、山間の集落を訪ねた。緑がとても鮮やかだ。朝の涼しさなど、すっかり忘れてしまうほどに暑い。12:46(日本時間の14:46)。田んぼに囲まれながら、日本のほうを向いて黙祷を捧げた。

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そのあとも、昨日、一昨日と同じように、界隈の家庭を訪問した。この3日で、すでに9つの家を訪ねたことになる。当然のことながら、一つひとつの家には個性がある。家の数だけ(人の数だけ)、ユニークな〈ものがたり〉がある。だがそれらを束ねてみると、ベトナム南部の田舎の暮らしのようすが、少しずつかたどられてくるように思える。きょうも太陽をたっぷり浴びて、たくさん汗をかいた。🇻🇳

(つづく)