まちに還すコミュニケーション

場のチカラ プロジェクト|Camp as a participartory mode of learning.

家島フィールドワーク(2009)

いえしまへ

ぼくたちの、“リサーチキャラバン”は、その後も続いています。今回の目的地は、瀬戸内海に浮かぶ家島(兵庫県姫路市)です。数年前、山崎亮さん(Studio-L)に出会いました。そのときに、家島でおこなわれている「探られる島」プロジェクトのことを聞き、成果をまとめた冊子などをいただきました。なかなか面白そうだなぁと思いつつ、ときどきメールをやりとりする程度でしたが、そのご縁で、家島に行くことになったのです。

f:id:who-me:20090905103510j:plain

f:id:who-me:20090904111534j:plain

「探られる島」プロジェクトは、2005年にスタートしているので、今年が5年目。“ファイナル”という節目の年だと聞いたので、ぼくたちも、プロジェクトにおじゃましようということになりました。

今回の参加メンバーは、じつに多彩です。関西圏から「探られる島」プロジェクトに参加したメンバーが9名。加藤研究室から9名。さらに、オオニシタクヤさん (建築家, launchpad05)はバンコクから。木村健世さん(アーティスト)も、新潟での展示の合間に来てくれました。そして、Studio-Lの皆さん。もちろん、忘れてはならないのが家島の人びとです。

 

はたらく姿を追う

曇り空ではありましたが、姫路港から船に揺られて30分ほど。みんな、無事に家島に到着して、2泊3日のプロジェクトがスタートしました。

今回は、家島の人びとのはたらく姿を追い、ポスターを作成するのが課題です。フィールドワークのすすめ方や写真の撮り方について、レクチャーのあと、学生たちは、2人一組で家島に散りました。旅館、造船所、釣り堀、神社など、さまざまな場所へ出かけて、話を聞きます。かぎられた時間のなかで、どのように課題と向き合うか。取材や写真撮影をすすめながら、会ったばかりの“パートナー”との関係性が育まれていきます。この「考えながらつくる」「つくりながら考 える」というプロセスこそが、ぼくたちの創造力を刺激するのです。

f:id:who-me:20090904141259j:plain

f:id:who-me:20090905220359j:plain

ノートPCと大判プリンターが並んで、「いえしま荘」の大広間が、編集室になりました。最終日までに、2種類のポスターをつくるという、かなりハードな課題でしたが、編集室はエネルギーに満ちて、なかなか明かりが消えませんでした。

 

ポスターをつくる

ここ数年、ぼくたちは、調査や活動の成果を、できるかぎり「その場でつくって、その場で還す」というアプローチについて考えてきました。残念ながら、 フィールドワークの際にお世話になったかたがたに、お礼のハガキさえ出さぬままのことがあります。さんざん、話を聞いたり、写真を撮ったりしておいて、それではどう考えてもまずい。

この問題を解決する、一番シンプルな方法は、成果のまとめを後回しにしないということです。滞在中につくってしまうというやり方を、もっと積極的に試してみる必要があります。

もうひとつ、考えるべきなのは内容や発表の形式です。家島の人びとを取材し、はたらく姿を観察し、その成果をどのようにまとめるか。堅苦しくない、おもしろい形式を模索する必要があります。わかりやすくて、家島にきちんと残していくことのできる媒体として、ポスターがえらばれました。

f:id:who-me:20090906075610j:plain

f:id:who-me:20090906120445j:plain

最終日。刷り上がったばかりのポスターを持って、真浦港へ向かいます。船着き場のそばにある待合室が、ギャラリーになり、「いえしまで働く人のポスター展」の開催です。“モデル”になった皆さんの前で、ポスターを披露しました。

 

大いに笑う

ポスターのお披露目は、大いに盛り上がり、皆さんによろこんでいただけたようです。わずかな時間の取材であっても、はたらく姿を上手くとらえて、表現することができました。そして、乾杯と記念撮影。そのとき、夜を徹した作業の疲れが、一気に癒されます。

f:id:who-me:20180610000506j:plain

今回のフィールドワークは、形の上では「探られる島」プロジェクトとの「共催」だったのですが、いろいろな段取りや調整は、ほとんどStudio-Lの皆さんにおまかせして、いつもより、ちょっと気楽に出かけることができました(ありがとうございました!)。

船が桟橋を離れ、手を振る姿が、だんだんちいさくなりました。ふたたび、ふだんの生活に戻っても、しばらくは、日焼けした腕を見るたびに、家島のことが頭に浮かびました。まちや地域との関係性を育むためには、つねに近くにいたり、頻繁に足をはこんだりする必要はないのかもしれません。そもそも、それがかなわないことのほうが、多いはずです。ぼくたちは、離れていても、遠い場所を想うことができます。それは、ボランタリーで、ゆるやかな結びつきであるからこそ、長く続けることのできる関係です。このプロジェクトをつうじて、家島の“ファン”になれば、それは、長い関わりのはじまりになります。