まちに還すコミュニケーション

場のチカラ プロジェクト|Camp as a participartory mode of learning.

フィールドワーク再考(1)

特別研究プロジェクト Day1

2020年9月17日(木)@SFC

●午前の部

夏季「特別研究プロジェクト」の初日。(執筆中)

 

●午後の部

ぷち演習 1:「2メートル」を身体で感じる
2メートルの紐を持って、3人のグループでキャンパスを歩く。ひさしぶり(あるいは初めて)のキャンパスを味わいながら、2メートルという「距離」について考えてみる。

 

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学校を訪れていない間にSUBWAY上のテラスが開放されていた。テーブル席とビーチチェアのような椅子があり、鴨池全体が見渡せる。心地良い風に吹かれながら、「さて、2mの距離を保ってランチでもするか」とテーブル席に腰掛けようとした。しかし、ベンチの長さがちょうど2mで座れない。どうしようかと悩んだあげく、空気椅子をすることにした。2mを保とうとすると使われないテーブルとベンチ。どうやら今学期は足の筋肉が鍛えられそうだ。

 

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 仕事や買い物などの日常生活の中で意識する「2m」という距離は、ほぼ決まって横方向(地面に水平)のものだろう。人間が縦方向に向かい合うことはなかなかない。
せっかく階段があるので、縦方向の「2m」はどの程度なのか体験してみることにした。『ロミオとジュリエット』の構図を思い出させるような写真が撮れた。
この距離で下から相手を見上げるのは、意外と首が疲れる。会話をするなら、やはり横方向に距離をとる方が楽そうだ。

 

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「よっ!」「お!久しぶり」「進捗どう?」「死んでる!」「がんばれ!」「またな!」
キャンパス内で「よっ友」とすれ違うほんの数秒間で起こるこのやりとりは、SFCにおける風物詩と言える。授業でグループワークを組んで学期終わりにお別れをする、そんな短期的な関係性が多いからだ。τ館前でのよっ友は2m離れていてもあまり違和感がない。そもそも、彼らからすると最初からこれくらいの距離が心地いいのかもしれない。

 

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ここは、メディアセンターの入口前を通り過ぎて、ε館やι館へ向かう道。3人で話しながら歩くときは、真ん中と両端を歩けばちょうど2メートルずつ間隔をとることができる。これまでよりも遠く感じるけれど、真ん中の人はタイルを目印に、両端の人は芝生を目印に、ときどき互いの顔も見ながら歩いてみよう。この道が4メートル以上もあるなんて、考えたこともなかった。2メートルを意識すると、いつもは何気なく歩いている道での再発見がありそう。

 

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授業が終わり、帰り道に友人が「借りたい本があるからメディアセンターに寄っていってもいい?」と言った。
一緒にメディアセンターに入り、二階に上がる。友人が本を選んでいるあいだ、私も気になる本を手に取ったりと各々自由な時間を10分ほど過ごした。軽く立ち読みしていた本を棚に戻そうと顔を上げると、向かい側の本棚にいる友人と不意に目が合った。少女漫画のような淡いシチュエーションに照れ臭さを感じ、思わずクスッと笑いあった。その距離、約2メートル。

 

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ε館の窓に腰掛けて話す時。窓二つ分開けて座れば、2メートルを確保することができる。
4人でもそれ以上でも、窓がある分だけ人の集まる場所になる。窓の枠が座席のように機能することで、2メートル空けつつも”自分の座る場所”になる。

 

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ドコモハウスの靴置き場。普段はずらっとここに靴が並んでいるけど、2m間隔になるとまばらになる。研究会が始まる前に、みんなが靴を脱ぎにここに集まってきて、挨拶するのはこれまでの日常の光景だった。2m間隔が義務になった時、誰かが窓の前で靴を脱いでいたら、次の人は傘立てまで下がらないと2mの距離を確保できない。もし天気が雨だったなら、雨に濡れずに同時に靴を脱げる人数は3人が限度になるのだろうか。

 

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生協で本の試し読みをしたいという想定。上から見ると、この本棚は横長の長方形の形をしていて4面に本が平置きされている。2人以上で見ようとすると、長辺を挟んで両側に立つことでしか2メートルを空けることができない。手前もしくは撮影者から見て反対側の本を読みたいとき、誰もいないことを確認して本を手に取ることが理想。すでに人がいた場合はその人が読み終わるまで待つ必要がある。1カ所で長居しないことが他のお客さんへの配慮となるだろう。

 

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これは、ε館外の通路を歩いている場面である。写真のように、3人が横一列に並んで歩いてしまうと、建物側の1人がちょうど柱にぶつかる事故が起きてしまう。2mの間隔を開け、キャンパス内を歩く際には意識的に縦や斜めのズレを生む必要が出てくると考える。横に並んでいたときにはお互いの顔を見ながら歩くことも容易であったが、縦や斜めになるとそれが困難になる。すると移動の際の些細な会話が減り、心理的距離の離れを招く可能性もあるとこの1枚から感じた。

 

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半年ぶりに登校したSFCは新鮮で、探検すると新たな空間が増えていた。
subwayの屋上も、その中の1つ。
ビーチサイドのように並んだ椅子は、1つの椅子を挟むと、ちょうど2m。
最近よく見る光景。
通行人が見たら、友達なのか、それとも赤の他人なのか、分からない曖昧さは、距離感だけでなく、2人の目線が向き合っていないことも関係しているのだろう。
以前のようには過ごせないキャンパスライフ。
物理的距離は遠ざかってしまっても、心は寄り添えるように、大切な人たちと向き合っていきたい。

 

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「高低差のある2m」を捉えた写真です。SFCでは、キャンパスの様々な場所で友人と出会います。サブウェイへと続くコンクリートの道と芝生の上、という高低差があったとしても、姿をみかければ声をかけることもしばしば。そんな状況を再現してみました。撮影してみて意外だったのは、同じ高さにいる2mよりも高低差がある2mの方が、より「近い」感じがしたということ。同じ2mでも、高さや目線などによって精神的に感じる距離感は異なるということを実感しました。

 

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この写真に写っている2人は2メートルの距離を取っていながら、同じ方向に視線が向いているため、その距離を意識しているのは後ろの人のみという構図である。距離を取る際にお互いが共に物理的な距離を意識することもあれば、この写真のように、1人のみが意識しなければいけない状況も生じ得る。同じ方向に階段を上り、下る際は、後ろに立っている人が積極的に物理的な距離をとっていく必要がある。ちなみにSFCの階段は、9段で2メートル間隔が取れる。

 

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「図らずもソーシャルディスタンス」をキャンパス内で探した。写真はΩ11の教室での1コマ。
この教室で授業があると、大体机の両端の席から埋まっていき、真ん中部分は空いている。たまたま近くに友達が座っていることに気がついても、その距離が2m離れていることも少なくない。
今でこそ2m離れるということを意識しているが、キャンパスでの日常をふりかえってみると、「図らずもソーシャルディスタンス」な瞬間は意外とあるのかもしれない。

 

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キャンパスの前の大階段を上り、メディアセンターを横目にまっすぐ進む。κ、ε、ι、οと名付けられたそれぞれの教室に向かうため、左手の階段か右手のスロープを目指して歩いていく。携帯から顔をぱっと上げると、授業のグルワで一緒だった彼女を発見。
「あ、おはよう!」
「おはよ〜!これから授業?」
「そう!イオタでチャイ語!」
「途中まで一緒に行こ!」
階段を駆け上って彼女と合流。私たちの日常にありふれていた2m。

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窓際の席で授業を受けながら外を眺めていると、窓の横の道を歩きながら何の授業だろうと教室を覗き込んだあの子と目があう。
もともと友達同士だった2人は思わず手を小さく振り合う。そんな友達と不意に目があってヤッホーと手を振り合うようなSFCあるあるをイメージした1枚。教室の外と中、授業を受けている人とそうでない人で、大きく違うようで、2人の距離が2メートル”しか”ないと思うと意外と近く感じる。

 

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3人で2mの紐を持ち、三角形を保ちながらキャンパスを歩いていた。たまたま別のグループに遭遇したので、その様子を撮ってもらった。室内では2mを保ちながら話すことに対して少し窮屈さを感じていたが、外に出て話してみると、あまり感じることはなかった。
オンラインでは毎週顔を合わせていたはずだが、実際に対面で会うのは初めての3人。せっかく2mの距離もとっていることだし、次はお互い前を向いて話をしよう。

 

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横並びに設置された椅子を2m離して座ってみた。もともとの椅子の位置は1.5mぐらいだったから、約50cm離したことになる。同じグループの2人にそこへ座ってもらい、いい構図を探りながらシャッターを切っていると、1人の手から2mの紐が離れた。手から離れた紐の先端は、もう1人の方へと落ち、その紐の先端を拾い上げ渡している。横並びで座った時、お互いが座りながらギリギリ届く距離が2mだった。これが、対面だと立たなければいけなくなってしまう。 

 

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高低差が生じる場合、地面と水平に2メートルの距離をとった場合より、感覚としては物理的距離が近くなったと感じる。一方で、上下関係が生じることによって、上の場所にいる人は下にいる人を自分の意思とは関係なく威圧しまったり、下の場所にいる人は上に座っている人に対して萎縮してしまったりする。上下に座った場合の精神的な距離は、地面から垂直に2メートルとった距離よりも離れているかもしれない。

 

参考

exploring the power of place - 044

【本日発行】️🍧残暑お見舞い申しあげます。すでに8月も後半、暑い日が続いています。ちょっとひと休みのときに、加藤研のウェブマガジン“exploring the power of place” 第44号(2020年8月20日号)をどうぞ。今学期のテーマは、「うち」です。→ https://medium.com/exploring-the-power-of-place/tagged/044

◎ 第44号(2020年8月20日号):うち(4)
  • 私たちの卒業式(日下 真緒)
  • Depressed TikTok(太田 風美)
  • モチベーション(坂本 彩夏)
  • 特別扱いされるお金とポチ袋(安田 浩一郎)
  • 旅の終わり(山田 琴乃)
  • スプラトゥーンと思いやり(安藤 あかね)
  • 書と心(入江 桜子)
  • 9月の線香花火(堤 飛鳥)
  • あの日の言葉(佐藤 しずく)
  • 机上の空想(笹川 陽子)

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fklab - July 25, 2020

加藤研の2020年7月25日

ちょっと窮屈な毎日ですが、まちには、少しずつ人が戻りはじめています。「おうち」の時間を大切にしながらも、それぞれの場所で、それぞれの時間を過ごしています。
リドリー・スコットらによる世界的なプロジェクトに敬意を表しつつ、加藤研のメンバーで、学期末のある一日を記録することにしました。ことばで、あるいは映像で「わたしにとって大切なモノ・コト」を記録する試みです。ぼくの分をふくめて25本、2020年7月25日(土)の「日常」を束ねました。

With our respect for the worldwide project by Ridley Scott and others, we decided to record a day at the end of the Spring Semester.
This small project is an attempt to record “things that are important to me” in words or visuals. I bounded 25 video clips, including my own, to capture the “day in the life” on Saturday, July 25, 2020.

 

exploring the power of place - 043

【本日発行】️🏠あっという間に学期末。加藤研のウェブマガジン“exploring the power of place” 第43号(2020年7月20日号)をお届けします。今学期のテーマは、「うち」です。そろそろ、「そと」も考えたい。→ https://medium.com/exploring-the-power-of-place/tagged/043

◎ 第43号(2020年7月20日号):うち(3)
  • 【求む】わたしとあなたの繋がりを(喜安 千香)
  • 歩くポイントカード(藤田 明優菜)
  • 共感(中田 江玲)
  • 一人と独り(飯盛 いずみ)
  • アルファベット探し(染谷 めい)
  • 帰り道(岩崎 はなえ)
  • アマー(Nuey Pitcha Suphantarida)
  • 旅への思い(加藤 文俊)
  • 町田のうち(牧野 岳)

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研究会シラバス(2020年度秋学期)

2020年度秋学期からの新規履修(選考)については、大学のオフィシャルサイトにある「研究会シラバス」を参照してください。

※ 加藤研メンバー(2020年7月1日現在):大学院生 9名(博士課程 4名・修士課程 5名; 休学中の学生をふくむ)・学部生 22名(4年生 10名・3年生 10名・2年生 2名) 

 

もくじ

00 ここ数か月のこと

昨年の10月から、あたらしい役目(大学院 政策・メディア研究科委員長)を担うことになって、仕事のしかたがずいぶん変わりました。それまでも、それなりに忙しく過ごしていたのですが、じぶん自身の移動や時間の使い方など、いろいろと調整が必要になりました(たまにスーツを着ることも)。早々に台風19号(昨年10月)のことでドタバタし、年が明けて学期末のことで一段落したら、ほどなく新型コロナウイルスの感染拡大で、大学やキャンパスそのもののあり方について、考えさせられる毎日が続いています。
こんな展開になるとは予想していませんでしたが、昨秋から、記録のためにマメに文章を書こうと決めていました。「かんガエル。」というブログで、ローテーションで執筆担当が回ってくる「おかしら日記」(SFCのオフィシャルサイトに掲載されたもの)、毎月書いている「マンスリー」、そしてCOVID-19をきっかけに、学事日程や開講形態など、大学のもろもろが変わっていくようすを「コロナと大学」としてまとめています(時間があったら読んでみてください)。

当然のことながら、今学期の「研究会」もオンラインで開講しています。2月の「フィールドワーク展」以来、みんなで集まる機会がありません。不確実なことが多いまま、4年生の「卒プロ」にかかわり、いまはこうして秋学期のシラバスを書いています。以下のシラバスの内容は、〈これまで〉のやり方がまとめられたものです。
〈これから〉については、7〜8月をかけて整理していきたいと考えています。現実的に、どのような活動が可能なのかについて判断しづらいことが多いのですが、適宜、工夫しながらすすめるつもりです。なので、このシラバスは、しばらくは更新が続きます。

以下に記載のとおり、ぼくたちは、フィールドワークやインタビューに代表される質的調査(定性的調査)を重視していますが、新型コロナウィルスの感染拡大にともない、方法そのものの再定義・再編成が必要となりました。とりわけ、人びとの暮らしに接近し、能動的にかかわりながらその意味や価値を理解しようという試みは、対面での「密な」コミュニケーションを前提として成り立っており、現在の状況下では、調査研究そのものが大きな制約を受けています。 いっぽう、会議や講義のオンライン化の試みをとおして、あらたな〈現場観〉が醸成されつつあります。さまざまなメディアを駆使し、さらに時間・空間を再編成することによって、定性的調査のありようはどのように変化するのか。
2020年度秋学期は、人びとの移動、集まり、社交などのふるまいをとらえなおし、オンライン環境における質的調査について検討することも、大切な課題になるでしょう。

 

01 はじめに

ぼくたちは、絶えずコミュニケーションしながら暮らしています。そして、コミュニケーションについて考えることは、(いつ・どこで・だれが)集い、(何を・ どのように)語らうのかを考えることだと理解することができます。つまり、コミュニケーションへの関心は、必然的に「場所」や「場づくり」への関心へと向かうのです。この研究会では、人びとが集う「場所」の成り立ちや「場づくり」について、実践的な調査・研究をすすめています。主題は、 コミュニケーションという観点から「居心地のいい場所(グッド・プレイス)」について考えることです。

ことばを大切に正確につかいたい。つねにそう思いながら活動することを心がけています。たとえば「地域活性化」「まちづくり」「コミュニティ」など、 それっぽくて、その気になるようなキーワードはできるかぎり排除して、慎重にことばをえらびたいと考えています。つまり、コミュニケーションに執着するということです。「わかったつもり」で、ことばをえらばないこと。そして、相手(受け手)を考えて丁寧に語る/表現する姿勢を執拗に求めることです。

02 「時間割」にない授業

「研究会」の学びとはどのようなものか。いつ、どこで、誰と、どのように学ぶか。いろいろと考えるべきことがたくさんあります。ぼく自身は、大学の教員になってから、「場づくり」への関心がますます高まりました。(あたりまえのことですが、授業をするわけなので)まずは、「教室」におけるコミュニケーションのあり方を理解することが大きな課題でした。講義科目にかぎらず、「研究会」を開講してみると、なかなか思うようにいかないことがある。どんなに周到に準備や計画をすすめていても、実践の現場では、予期せぬことがたくさん起きます。つねに実験する精神を忘れずに、「研究会」のことを考えるようにしています。

これまでの経験でわかってきたのは、ぼくたちの活動には、インフォーマルなコミュニケーションが重要だという点です。たまたま居合わせた人とのコミュニケーションが、予期せぬ結果へと結びつくことがあります。「未知の隣人」との出会いが、刺激的なコミュニケーションへの第一歩なのです。こうしたアドホックな出会いは、「偶然」に任せていたら、おそらくは実現しないでしょう。あらかじめ予定を組むと、それはすでに「必然」になります。そう考えると、大学における「時間割」という仕組みがとても窮屈に思えてきます。その日の気分で教室をえらぶことはできないし、時間が来たら、否応なしにコミュニケーションを中断せざるをえないからです。インタラクティブな授業づくりの工夫はたくさんありますが、その多くは「時間割」にしばられています。

実際に、学生とのコミュニケーションについてふり返ってみると、ちょっとしたきっかけが、面白いプロジェクトに結びつくことが少なくありません。教室でのコミュニ ケーションではなく、立ち話やフィールドワークの最中だと、リラックスできるからかもしれません。フェイス・トゥ・フェイスにかぎらず、メーリングリストやSNSも、インフォーマルなコミュニケーション機会をつくるために有用です。

https://www.instagram.com/p/B6CPEXfjEch/

☕️どのまちにも、居心地のいい場所があります。

誰かの呼びかけが、信頼できるかたちで伝わり、それに対して即座に応えることができるようになれば、即興的な「教室」が生まれます。〈その時・その場〉で結ばれる関係は、緊密なコミュニケーションを実現するはずです。こうしたプロジェクトの仕組みを考えることで、「研究会」のこと、さらには、(ぼくたち以外の)第三者にとっての「研究会」の役割を再考することもできるはずです。

たとえば、もうずいぶん前になりますが、「坂出フィールドワーク2」 では、学生たちはグループに分かれて、商店街でフィールドワークやインタビューをおこない、ひと晩かけて、30秒のCM映像を作成しました。フィールドは「教室」になります。まちを理解するためには、じぶんの足で地面を感じ、そこに暮らす人びとの声を聞くことからはじまります。宿の大広間は、机を並べれば「スタジオ」として使うことができます。最近のノートPCなら、動画編集は容易にできます。マシンのスペックも、学生たちのリテラシーも、ここ20年で大きく変わりました。さらに、古い民家は「シアター」になります。徹夜で完成させた映像を、地元の人びとに観てもらい、意見交換をしました。調査をおこなった現場で、場合によっては被写体となった人から、直接感想やコメントを聞くことができます。

当時は「モバイルリサーチ」という言いかたをしていましたが、それは、たんにモバイルメディアを使った社会調査/フィールド調査ではなく、調査者が旅をしながら、行く先々で即興的な「場所」をつくる試みなのです。90分ひとコマの授業で換算すれば、1泊2日のワークショップ形式で「研究会」を開講すると、少なくとも10コマ分になります。窮屈な「時間割」から脱出して学び、その「場」で生まれたアイデアは、すぐさま人びとに還す/届けることができます。

自然発生的に、そしていろいろなところでこのようなプロジェクトが動き出せば、人びととの関わりについてあたらしい理解を創造できるでしょう。アドホックな集まりが、これからのコミュニケーションのあり方を考えるためのヒントになると考えられます。

こうした問題意識のもと、2006年の秋ごろから「キャンプ」をコンセプトに、「研究会」の活動をデザインしていくことにしました。そもそも、「キャンパス」も「キャンプ」も、広場や集まりを意味する「カンプス (campus)」が語源です。大学の「時間割」によって組織化される時間・空間を再編成して、いきいきした「場」づくりを実践する。その実践こそが、活気のある「グッド・プレイス(good place)」はどのように生まれ、育まれてゆくのかを考えるヒントになるはずです。

03 「キャンパス」と「キャンプ」

「キャンプ」は、ぼくたちのコミュニケーションや社会関係のあり方を再認識し、再構成してゆくための「経験学習」の仕組みです。

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「キャンプ」と聞くと、多くの人は、テントを持って出かける、いわゆる「アウトドア」の「野営」活動を思い浮かべるかもしれません。本格的ではないにしても、ぼくたちの多くは、おそらく、幼い頃に何らかの「キャンプ」体験をしているはずです。たとえば、林間学校や野外学習などの一環として、仲間とともに、飯盒でごはんを炊いたり、星空を見上げたり、火を囲んで語ったりした思い出はないでしょうか。ここで言う「キャンプ」は、必ずしも、こうした「アウトドア」の活動を指しているわけではありません。

「キャンプ」は、ぼくたちに求められている「かかわる力」を学ぶ「場所」として構想されるものです。さほど、大げさな準備は必要ありません。「キャンプ」は、日常生活のなかで、ちょっとした気持ちの切り替えをすることで、ぼくたちにとって「あたりまえ」となった毎日を見直し、「世界」を再構成していくやり方を学ぶためにあります。それは、道具立てだけではなく、心のありようもふくめてデザインされるもので、思考や実践を支えるさまざまなモノ、そして参加者のふるまいが、相互に強固な関係性を結びながら、生み出される「場所」です。くわしくは、拙著『キャンプ論』(2009)を参照してください。

https://www.instagram.com/p/B6FBfebDVL_/

「おびの人びとのポスター展」成果報告会です。 @obp #vanotica19f

さしあたり、「キャンプ」には以下のようなふるまいが求められます。

フィールドで発想する 「キャンプ」では、現場(フィールド)での直接的な体験から、〈モノ・コト〉を考えるスタイルを大切にします。もちろん、本・論文を読むこと、理論的な枠組みをしっかりとつくることも重要ですが、まずはじぶんの目で見ること・じぶんの身体で感じることを重視します。近年、「フィールドワーク」ということばが一般的に使われるようになりましたが、「フィールドワーク」には、地道に観察・記録をおこなうこと、時間をかけてデータの整理や解釈を試みることなど、知識を生成するための「技法」としてのトレーニングには(それなりの)時間とエネルギーが要求されます。まち歩きを愉しむことは重要ですが、一人前のフィールドワーカーとして、足(と頭)を動かすことが求められます。

カレンダーを意識する 忙しいことは悪いことではないと思いますが、じぶんの〈やりたいこと〉と〈やること〉とのバランスを上手く取らないと、すべてが中途半端になります。他の授業やサークル、アルバイトなど、さまざまな活動とともに研究会を「中心」に位置づけることを強く望みます。言いかえるならば、〈望ましさ〉と〈実現可能 性〉をつねに意識するということです。これはやる気、能力、チャンスなどと関連していますが、スケジュールや時間のマネジメントが重要である場合が少なくありません。中途半端にならないように、研究活動のカレンダーをきちんとデザインすることが重要です。

じぶんを記録する  フィールドワークを基本的なアプローチにする際、調査の対象となる〈モノ・コト〉への感受性ばかりでなく、テーマに取り組んでいるじぶん自身への感受性も重要です。つまり、じぶんが、いったいどのような〈立場〉で〈モノ・コト〉を見ているのか…をどれだけ意識できるかということです。また、その〈立場〉をどのように明示的に表現(=つまりは調査結果の報告)できるかが大切です。フィールドワークをおこなう際には、現場で見たこと・発見したことを書き留めるためにフィールドノートを書くのが一般的ですが、研究会の時間をふくめ、日々のじぶんを記録します。

2016年春学期から、全員が同じスケッチブックを持ち歩いて、日々の調査研究のこと、気づいたことなどを綴っています。文字だけではなく、観察、図解、概念化などさまざまな思考を整理するために、引き続きスケッチブックを活用します。(スケッチブックは開講時に配布)

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04 まちに還すコミュニケーション

すでに述べたとおり、この研究会では、とくにコミュニケーションという観点から「場」 や「場づくり」について考えます。日常生活のなかで、いきいきとした「グッド・プレイス(good place):居心地のいい場所」はどのように生まれ、育まれてゆくのか…。まずは、じぶんの足で歩くことからはじめます。五感を駆使してまちをじっくりと眺め、気になった〈モノ・コト〉をていねいに「採集」することを大切にします。それは、つまるところ、人との関係性を理解することであり、じぶん自身と向き合うことでもあります。「キャンプ」は、こうした問題意識で活動するための方法と態度を示すコンセプトです。

「場」 は、たんなる物理的な環境ではなく、人と人との相互作用が前提となって生まれます。つまり、上述のとおり、「場」は、コミュニケーションのための空間・時間の整備として、アプローチする必要があります。さらに、人びとが「状況(situation)」をどう理解するかは、個人的な問題であると同時に、社会的な関係の理解、環境との相互作用の所産として理解されるべきものです。たとえば関わる人の数によって「場」の性質は変わるはずです。単発的に生まれ、一 度限りで消失する「場」 もあれば、定期的・継続的に構成され維持されていく「場」もあります。

こうした人びとの暮らしや生活を理解するための「しかた」(つまり、調査・学習・表現に関わるさまざまな考え方・道具・実践)をデザインし、実際にフィールドに出かけて、その有用性を試すこと、意味づけをおこなうことが、この研究会の中心的な活動になります。ここ10年ほど、全国各地を巡って、人びとの暮らしやまち並みに接近する「キャンプ」の実践をすすめてきました。これまで30回ほど実施しましたが、少しずつすすめて、47都道府県の踏査を目指しています。また、高校生向けのプログラムや、中長期的な滞在、あるいは繰り返し(おなじまちを)訪問するやり方な ど、いくつかのバリエーションも生まれつつあります。

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キャンプ|2004〜2019(2019年12月16日現在)→ http://camp.yaboten.net/entry/area_index

 2020年度秋学期は、引き続き「キャンプ」という方法と態度を身につけながら、「まちに還すコミュニケーション」について考えます。

すでに触れたとおり、考えたいのは、ぼくたちの「かかわる力」です。つまりそれは、見知らぬ土地を訪れた場合でも、そこに暮らす人びとに近づく能力です。そして、たんに調査をし、データを持ち帰るだけではなく、きちんと「まちに還す」ことを考えてみたいと思います。ぼくたちは、結局のところは「よそ者」として 地域に入り、短い滞在で出て行くことになります。それでも、騒いでゴミを置き去りにするだけの「よそ者」ではなく、「調査されるという迷惑」に自覚的でありたいと思います。何かを残し(還し)、少しでも余分にゴミを拾ってから帰路につくような「キャンパー」を目指したいのです。

「まちに還すコミュニケーション」については、『キャンプ論』(2009)の「副読本」という位置づけで小冊子をつくりました。下記よりダウンロードして、じっくり読んでみてください(iPadのスクリーンサイズのPDFなので、iPadで読むと快適かもしれません)。冊子も多少の余部があるので、キャンパスで声をかけてもらえれば、渡すことができるでしょう。

05 観察者から関与者へ

ここで、最近の具体的な活動として「おびキャンプ」を紹介しておきましょう。「おびキャンプ」 は、2019年12月13日(金)~15日(日)にかけて飫肥(宮崎県日南市)で実施したプロジェクトです。学生たちは2名のグループに分かれて、飫肥町商店街のに人びとを取材しました。このビデオは、現地にいるあいだに撮影と編集を済ませ、「キャンプ」のプログラムのなかで上映・鑑賞したものです。

◉撮影・編集:佐藤 しずく・大門 俊介

キャンプの最後に、みんなでこのビデオを観て、3日間をふり返りました。

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このように、訪れた先々で、[まちを歩く]→[人と出会う・語らう]→[仲間と語る・考える]→[つくる]→[見せる・還す]というプロセスを経ながら、人びととのコミュニケーションのあり方(そして、その「集まり」の構造)を体験的に学びます。あたえられた状況を理解し、かぎられた時間内にみずからの知恵や経験を動員して、課題に向き合います。この一連のプロセスを「キャンプ」と呼んで、概念的に整理しています。

「キャンプ」で実践的に考えてみたいのは、たんなるフィールド調査の方法ではありません。従来からある「問題解決」(ビジネスモデル的発想)を志向したモデルではなく、「関係変革」 (ボランティアモデル的関わり)を際立たせた、あたらしいアプローチを模索しています。より緩やかで、自律性を高めたかたちで人びとと向き合い、その「生きざま」 を描き出すことを目指します。つまるところ、ぼくたちは「調査者」という、特権的に位置づけられてきた立場をみずから放棄し、人びとの日常と「ともに居る」立場へと向かうことになります。その動きこそが、変革のためのよき源泉になると考えているからです。

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何が起きるかわからない…。ぼくたちは、変化に満ちた時代に暮らしています。たとえば、じぶんの身近な生活空間について考えてみると、まちや地域をめぐる暗い話題は絶えません。実際に、「シャッター通り」と呼ばれるような商店街は、閑散としていて、寂しい気分になります。何らかの方策を求める声が聞こえてくるのも確かです。しかしながら、ここ15年ほど、学生たちとともに全国各地を巡っていて、あらためて気づいたのは、そのような不安(あるいは不満)、問題に向き合いながらも、明るくてエネルギッシュな人びとが、確実にいるということです。そこに、「何があっても、どうにかなる」という、人びとの強さを感じ ます。また、諸々の問題を抱えながらも、ぼくたちを笑顔で迎えてくれる優しさにも出会います。それが、リアルです。

この圧倒的なパワーを持って、ぼくたちの目の前に現れるリアリティに、どう応えるか。それはまさにコミュニケーションに関わる課題であり、ぼくたちが「場のチカラ プロジェクト」 として考えてゆくべきテーマです。お決まりの調査研究のスキームに即して、「報告書」を書いているだけでは、ダメなのです。つぶさな観察と、厳密な記録、 さらには人びととの関わりをもふくめたかたちで、学問という実践をデザインすることに意味があるのです。

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おびキャンプで制作したポスター https://camp.yaboten.net/entry/2019/11/03/144241

 ぼくたちの活動は、いわゆる「まちづくり」「地域づくり」「地域活性」といったテーマと無縁ではありません。でも、いわゆる「処方箋」づくりにはさほど関心がありません。 そもそも「処方箋」などつくれるのだろうか、と問いかけることのほうが重要だと考えます。「ふつうの人びと」の暮らしにできるかぎり接近し、その強さと優しさに光を当てて可視化するのです。そこまで行ければ、じゅうぶんです。あとは、人びとがみ ずからの暮らしを再定義し、そこから何かがはじまるはずです。「キャンプ」は、このような人間観に根ざした学問をつくる試みとして位置づけることができます。

06 これを読んでください。

◎たとえば、下記(近著)を読んでみてください。コミュニケーションやメディアについてどう考えているか、「キャンプ」や「場づくり」の実践、理論的・方法論的な関心、具体的な事例などについて知ることができます。

  • 加藤文俊(2018)『ワークショップをとらえなおす』ひつじ書房
  • 加藤文俊(2017)「ラボラトリー」とデザイン:問題解決から仮説生成へ『SFC Journal』第17巻第1号 特集:Design X*X Design: 未知の分野における新たなデザインの理論・方法の提案とその実践(pp. 110-130)
  • 加藤文俊(2016)『会議のマネジメント:周到な準備、即興的な判断』中公新書
  • 加藤文俊(2016)フィールドとの「別れ」(コラム) - 工藤保則 ・寺岡伸悟 ・宮垣元(編著)『質的調査の方法〔第2版〕』(pp. 156-157)法律文化社
  • 加藤文俊(2015)フィールドワークの成果をまちに還す - 伊藤香織・紫牟田伸子(監修)『シビックプライド2 国内編』第1部(p. 77-84)宣伝会議
  • 加藤文俊(2015)『おべんとうと日本人』草思社
  • 加藤文俊・木村健世・木村亜維子(2014)『つながるカレー:コミュニケーションを「味わう」場所をつくる』フィルムアート社
  • 加藤文俊(2013)「ふつうの人」のデザイン - 山中俊治・脇田玲・田中浩也(編著)『x-DESIGN:未来をプロトタイピングするために』(pp. 157-180)慶應義塾大学出版会
  • 加藤文俊(2009)『キャンプ論:あたらしいフィールドワーク』慶應義塾大学出版会

◎2016年5月に刊行した、加藤研のウェブマガジンです。毎月1回、メンバーが分担して記事を書いています。テーマの方向性や雰囲気がわかるはずです。定期的に記事を書くことで、一人ひとりの筆力の向上を目指します。

 ◎「キャンプ」というアプローチは、当然のことながら「滞在型学習」と密接に関わっています。現在、「キャンパス」で進行している「SBC」のプロジェクトには、おもに基本的な考え方やプログラムづくりという観点で関わってきました。「生活のある大学」というテーマでアイデアを整理しつつあります(まだ、まとまりのない文章ですが)。

◎ぼくたちは「フィールドワーク」と呼ばれる方法や態度を大切にしています。「フィールドワーク法」という講義も担当していますが、以下の文章を読むと、その基本的な考え方がわかるはずです。参考までに。

  • 加藤文俊(2014)まちの変化に「気づく力」を育むきっかけづくり(特集・フィールドワーカーになる)『東京人』5月号(no. 339, pp. 58-63)都市出版
  • 加藤文俊(2014) ツールを考えるということ(特集・フィールドワークとツール)『建築雑誌』12月号(Vol. 129, No. 1665, pp. 32-35)日本建築学会

◎それから、こんなのもあります。

  • 「瞬間」をつくる[AXIS jiku 連載コラム「x-DESIGN/未来をプロトタイピングするために」Vol. 4 加藤文俊×藤田修平(2013年6月)] [http://goo.gl/xSfKx]
  • まちを巡り、人びとの暮らしに近づく。 地域の魅力を照らす、フィールドワークという方法と態度。[SFCオフィシャルサイト:SFCの革命者(2011年7月)] [http://www.sfc.keio.ac.jp/vanguard/20110726.html]
  • 人の暮らしに飽くなき興味を[大学院XDプログラムオフィシャルサイト:XD教員インタビュー(2012年3月)] [http://xd.sfc.keio.ac.jp/features/2012/interview-kato/]

07 2020年秋学期の活動

キャンプ:全員(学部生+大学院生) 2020年度秋学期は、「キャンプ」を2回実施する計画です(詳細未定)。

卒業プロジェクト:7-8セメスター(個人) 4年生は、それぞれのテーマで「卒プロ1」「卒プロ2」に取り組みます。

フィールドワーク:1-6セメスター(グループ) グループに分かれてフィールドワークに取り組みます。2020年度秋学期テーマは「あたらしい非日常または「上書き/別名で保存」です。まだ、考えがまとまっていません。

[参考]これまでにおこなわれたグループワークのテーマと成果のまとめサイト

08 スケジュール(暫定版)

2020年

  • 10月16日(金)~18日(日):キャンプ(調整中)
  • 11月13日(金)~15日(日):キャンプ(調整中)

2021年

  • 2月5日(金)〜7日(日):フィールドワーク展XVII(計画中)