◎ 第49号(2021年1月20日号):距離(4)
- 番組表(加藤 文俊)
- 遠いけど近い、近いけど遠い(日下 真緒)
- 「楽しむ気持ち」(巌真 風夏)
- 今日が最終回だとしたら(堤 飛鳥)
- 祖母とわたし(笹川 陽子)
- 腐れ縁な悪友(牧野 岳)
- 通学という旅路(中田 早紀)
- わたしたちの季節(佐藤 しずく)
- 「ぎこちない」からはじまる(龍花 慶子)
更新記録
(2021年2月8日)「活動を知る手がかり」は、すべてのイベントが終了したので文末に移動。
(2021年1月30日)メディア、ボンディング、アイデンティティの項目を追記。
(2021年1月28日)少しだけ加筆。
(2021年1月5日)現在シラバス入力中です。ひとまず、簡単な概要と資料のリスト、スケジュール案を公開しています。随時更新予定です。
大学のオフィシャルサイト(SOL)にある「研究会シラバス」も参照してください。
2020年10月20日|研究会のようす
※ 加藤研メンバー(2021年1月1日現在):大学院生 9名(博士課程 4名・修士課程 5名; 休学中の学生をふくむ)・学部生 22名(4年生 6名・3年生 11名・2年生 3名・1年生 2名)
もくじ
ぼくたちは、絶えずコミュニケーションしながら暮らしています。
ワツラヴィックらは、『人間コミュニケーションの語用論』(二瓶社, 2007)のなかで「コミュニケーションにおけるいくつかの試案的公理」について述べています。その冒頭に挙げられているのが、「We cannot NOT communicate(コミュニケーションしないことの不可能性)」です。つまり、ぼくたちは、いつでも、どこにいても、コミュニケーションせざるをえない。非言語的なふるまいはもちろんのこと、沈黙もまたメッセージであることに、あらためて気づきます。
そして、コミュニケーションについて考えることは、(いつ・どこで・だれが)集い、(何を・ どのように)語らうのかを考えることだと理解することができます。つまり、コミュニケーションへの関心は、必然的に「場所」や「場づくり」への関心へと向かうのです。この研究会では、コミュニケーションという観点から、人びとの「移動」や人びとが集う「場所」の成り立ち、「場づくり」について実践的な調査・研究をすすめています。
たまに、「(加藤研は)何をやっているのか、よくわからない」というコメントをもらうのですが、冒頭で述べたとおり、人と人とのコミュニケーション(ヒューマンコミュニケーション)が主要なテーマです。既存の学問分野でいうと社会学や社会心理学ということになりそうですが、ぼく自身は、学部を卒業後は「コミュニケーション論/コミュニケーション学」のプログラムで学びました。まずは、以下の3つのキーワードについて考えてみてください。(書き出してみたら、すべてカタカナのことばになってしまいましたが、そもそも「コミュニケーション」も日本語にはしづらいことばです。)
ひとつ目は、メディアへの関心です。メディアはマスメディア、デジタルメディアなど日常的に使っていることばですが、まずはさらに広い意味でとらえて、人と人との「仲立ち」をする〈モノ・コト〉だと考えることからはじめます。そう考えると、ゼミもレストランも公園も、ぼくたちの日常生活は、多様なメディアとともに成り立っていることに気づきます。〈モノ・コト〉であるならば、ぼくたちは能動的にそのありようを構想したり、形をあたえたりすることもできるはずです。その意味で、メディアへの関心は、たんに人と人とを結ぶ(あるいは場合によっては隔てる)「仲立ち」について理解するだけではなく、自らの方法や態度で「仲立ちする」ことにつながっていきます。
たとえば、2009年ごろから続けているポスターづくりのワークショップ(参考:ポスターをつくる, 2015)は、メディアの特性を体験的に学ぶための仕組みとして考えています。全国のまちに出かけ、人びとと語らう。そして、その人びとの“生きざま”をポスター(写真とテキスト)というフォーマットでまとめて一覧できるように並べる。取材という過程と、成果報告会(ちいさなポスター展)によって、ぼくたちはまちに暮らす人びととの距離感を変容させ、コミュニケーションの「場所」をつくります。そのさい、会話だけではなく、ポスターというメディア(ちいさなメディア)が大切な役割を果たします。もちろん、グラフィックデザイナーや広告のプロの手によるものではありません。ただ、ポスターを一緒に眺めるという状況は、人との向き合い方や距離感を調整します。同じように、ウェブや小冊子(ZINEのようなもの)、ビデオクリップなども、その内容だけではなく、あらたな関係性を生み出したり、これまでのやり方を組み替えたりする役目を果たすものとして考えます。
ボンディングは、さほど馴染みのないことばかもしれませんが、〈ボンド=接着剤〉だと頭に思い浮かべれば、なんとなくイメージできるはずです。ぼくたちは、人と一緒に過ごしたいと願い、さまざまな方法で集います。善くも悪くも、「連む」のは、ごく自然なふるまいのように思えます。そして、執拗にお互いを求め合うこともある。いまは、COVID-19の影響で思うように動くことができなくなり、それでも、オンラインの環境を利用しながら時間や空間を共有する感覚をつくる工夫が重ねられています。どんな状況でも、集まりへの欲求があるからでしょう。もちろん、逆の想いもあるわけで、人との距離を置きたいときも、やりとりを遮断したいときもあります。
いずれにせよ、コミュニケーションについて考えるさいには、「誰か」の存在を無視することはできないでしょう。その「誰か」に過去や未来のじぶんをふくめれば、一人でいたとしても、「誰か」とのやりとりがあります。
ボンディングは、そうした「誰か」とのかかわりに着目するためのことばとして位置づけています(ヒューマン・ボンディングのほうが、わかりやすくなるかもしれません)。何らかの用件を伝えるだけでなく、たんに、しゃべるためにしゃべる。あとからふり返ると、他愛のない会話のように思えても(場合によっては、何の話をしたのかさえあやふやでも)、「誰か」と一緒に過ごしたこと(だけ)は、鮮明に記憶に残っていることがあります。冒頭で紹介した「コミュニケーションの不可能性」をふまえると、ぼくたちは、つねに「誰かと共にいる」ことになります。コミュニケーションを理解しようという試みは、「場所」や「場づくり」への関心へと向かいます。そして、さまざまなメディアが、ヒューマン・ボンディングを促す(あるいは妨げる)のにかかわっているのです。
ぼくたちは、日常のやりとりのなかで「それ、意味がない」などと口にします。そのとき、「じぶんにとって」という部分が省略されている(そしてそのことにあまり気を止めない)のではないかという点を、あらためて意識してみることが大切です。つまり、「それ」にあらかじめ唯一の意味が埋め込まれているのではなく、「それ」を目にしたり考えたりしたじぶん自身にとって意味があるかどうかを語っているにすぎないのです。人と人とのコミュニケーションのありようを理解しようとするとき、意味づけや解釈について考えることになります。もちろん、コミュニケーション観(コミュニケーションの理論)はいくつもあるので、こうした考え方は面倒だと思うかもしれません。でも、意味はどこにあるのかをつねに問いたい。意味は、「それ」のようにどこかにあらかじめ「ある」のではなく、まさにコミュニケーションのなかでつくられると考えます。
メッセージを正しく「伝達」できるかどうかは、機械的・操作的に考えることができます。メールやSNSで、「こちら」(送り手)が送信したのと同じ文字や記号が、「あちら」(受け手)でもそのまま再現されていないと困ったことになります。でも、そのメッセージの意味づけは、もっぱら「あちら」に委ねています。というより、やりとりをしているどうしで共有している(と思われる)状況や文脈、さらには過去のつき合いの履歴なども関係する、複雑で相互構成的な過程をとおして意味が紡がれます。こうして、お互いの反応をえながらやりとりが続けられるのです。
たとえば2020年度の「インプレッションマネジメント」では、「らしさ」をテーマに議論を重ねました。ぼくたちは、じぶんらしくありたいと考え、じぶん自身について関心をいだきます。人とのかかわりのなかで、意味を問い続けることは、結局のところはじぶんを他者との関係で位置づけてゆくこと、つまり、アイデンティティのありようを考えることです。
ぼくたちは、フィールドワークやインタビューに代表される質的調査(定性的調査)を重視していますが、新型コロナウィルスの感染拡大にともない、方法そのものの再定義・再編成が必要となりました。とりわけ、人びとの暮らしに接近し、能動的にかかわりながらその意味や価値を理解しようという試みは、対面での「密な」コミュニケーションを前提として成り立っており、現在の状況下では、調査研究そのものが大きな制約を受けています。
いっぽう、現況下における会議や講義のオンライン化の試みをとおして、あらたな〈現場観〉が醸成されつつあります。さまざまなメディアを駆使し、さらに時間・空間を再編成することによって、定性的調査のありようはどのように変化するのか。2021年度春学期は、人びとの移動、集まり、社交などのふるまいをとらえなおし、オンライン環境における質的調査について検討することも、大切な課題になるでしょう。
たとえば2020年度は、以下のような調査を実施しました(実施順)。
(1)ちょっと窮屈な毎日(2020年6月):COVID-19の影響を受け、ぼくたちの日々の暮らしがどのように変容したのか、オンラインでインタビューをおこないました。
(2)A Day in the Life(2020年7月):家にいる時間が増え、全員が集うことのない毎日。「7月25日」を指定し、その日の一人ひとりの生活の「細片」をビデオにまとめました。
(3)人びとの池上線(2020年10月):敬愛するJason Polanの方法をトレースしながら、東急池上線の各駅で観察とスケッチの実習をおこないました。「非接触型」フィールドワーク/ワークショップの試みです。駅を行き交う人びとの生態 -- とくに〈いま〉のマスクをつけた人びとのようす -- をとらえました。
人びとの池上線(スケッチ) - まちに還すコミュニケーション
(4)人びとの世田谷線(2020年11月):10月に実施した観察とスケッチの実習を(ほぼ同じやり方で)もう一度、東急世田谷線の各駅で実施しました。
人びとの世田谷線(スケッチ) - まちに還すコミュニケーション
(5)A Day in the Life 2(2021年1月):ふたたび「緊急事態宣言」が発出されました。上述のA Day in the Lifeから、ちょうど半年。「1月25日」の一人ひとりのようすです。
つぶさな観察と詳細な記述からはじまるフィールドワーク(その先にはインタビューやワークショップなどを構想・実施)をとおして実践的に考えてみたいのは、たんなる調査の方法ではありません。従来からある「問題解決」(ビジネスモデル的発想)を志向したモデルではなく、「関係変革」 (ボランタリーなかかわり)を際立たせた、あたらしいアプローチを模索しています。より緩やかで、自律性を高めたかたちで人びとと向き合い、その「生きざま」 を理解し描き出すことを目指します。
つまるところ、ぼくたちは「調査者」という、特権的に位置づけられてきた立場をみずから放棄し、人びとの日常と「ともに居る」立場へと向かうことになります。その動きこそが、変革のためのよき源泉になると考えているからです。
2006年の秋ごろから「キャンプ」をコンセプトに、「研究会」の活動をデザインしていくことにしました。そもそも、「キャンパス」も「キャンプ」も、広場や集まりを意味する「カンプス (campus)」が語源です。大学の「時間割」によって組織化される時間・空間を再編成して、いきいきした「場」づくりを実践する。その実践こそが、活気のある「グッド・プレイス(good place)」はどのように生まれ、育まれてゆくのかを考えるヒントになるはずです。
「キャンプ」は、ぼくたちのコミュニケーションや社会関係のあり方を再認識し、再構成してゆくための「経験学習」の仕組みです。
「キャンプ」と聞くと、多くの人は、テントを持って出かける、いわゆる「アウトドア」の「野営」活動を思い浮かべるかもしれません。本格的ではないにしても、ぼくたちの多くは、おそらく、幼い頃に何らかの「キャンプ」体験をしているはずです。たとえば、林間学校や野外学習などの一環として、仲間とともに、飯盒でごはんを炊いたり、星空を見上げたり、火を囲んで語ったりした思い出はないでしょうか。ここで言う「キャンプ」は、必ずしも、こうした「アウトドア」の活動を指しているわけではありません。
「キャンプ」は、ぼくたちに求められている「かかわる力」を学ぶ「場所」として構想されるものです。さほど、大げさな準備は必要ありません。「キャンプ」は、日常生活のなかで、ちょっとした気持ちの切り替えをすることで、ぼくたちにとって「あたりまえ」となった毎日を見直し、「世界」を再構成していくやり方を学ぶためにあります。それは、道具立てだけではなく、心のありようもふくめてデザインされるもので、思考や実践を支えるさまざまなモノ、そして参加者のふるまいが、相互に強固な関係性を結びながら、生み出される「場所」です。「キャンプ」には、以下のようなふるまいが求められます。
フィールドで発想する
「キャンプ」では、現場(フィールド)での直接的な体験から、〈モノ・コト〉を考えるスタイルを大切にします。もちろん、本・論文を読むこと、理論的な枠組みをしっかりとつくることも重要ですが、まずはじぶんの目で見ること・じぶんの身体で感じることを重視します。近年、「フィールドワーク」ということばが一般的に使われるようになりましたが、「フィールドワーク」には、地道に観察・記録をおこなうこと、時間をかけてデータの整理や解釈を試みることなど、知識を生成するための「技法」としてのトレーニングには(それなりの)時間とエネルギーが要求されます。まち歩きを愉しむことは重要ですが、一人前のフィールドワーカーとして、足(と頭)を動かすことが求められます。
カレンダーを意識する
忙しいことは悪いことではないと思いますが、じぶんの〈やりたいこと〉と〈やること〉とのバランスを上手く取らないと、すべてが中途半端になります。他の授業やサークル、アルバイトなど、さまざまな活動とともに研究会を「中心」に位置づけることを強く望みます。言いかえるならば、〈望ましさ〉と〈実現可能 性〉をつねに意識するということです。これはやる気、能力、チャンスなどと関連していますが、スケジュールや時間のマネジメントが重要である場合が少なくありません。中途半端にならないように、研究活動のカレンダーをきちんとデザインすることが重要です。
じぶんを記録する
フィールドワークを基本的なアプローチにする際、調査の対象となる〈モノ・コト〉への感受性ばかりでなく、テーマに取り組んでいるじぶん自身への感受性も重要です。つまり、じぶんが、いったいどのような〈立場〉で〈モノ・コト〉を見ているのか…をどれだけ意識できるかということです。また、その〈立場〉をどのように明示的に表現(=つまりは調査結果の報告)できるかが大切です。フィールドワークをおこなう際には、現場で見たこと・発見したことを書き留めるためにフィールドノートを書くのが一般的ですが、研究会の時間をふくめ、日々のじぶんを記録します。
コミュニケーションの練習
ことばを大切に正確につかいたい。つねにそう思いながら活動することを心がけています。たとえば「地域活性化」「まちづくり」「コミュニティ」など、 それっぽくて、その気になるようなキーワードはできるかぎり排除して、慎重にことばをえらびたいと考えています。つまり、コミュニケーションに執着するということです。「わかったつもり」で、ことばをえらばないこと。そして、相手(受け手)を考えて丁寧に語る/表現する姿勢を執拗に求めることです。
その練習のために、ジャーナリング(日々の活動日誌)、スケッチや図解、エッセイなどをおこないます(詳細は開講時に説明します)。
何が起きるかわからない…。ぼくたちは、変化に満ちた時代に暮らしています。とくにこの1年はCOVID-19に翻弄され、これまで「あたりまえ」だと思っていたことを諦めたり手放したりする場面にいくつも遭遇しました。哀しい出来事にも向き合い、また不安をかかえながら不自由な毎日を強いられることになりました。でも、そのような不安(あるいは不満)、問題に向き合いながらも、明るくてエネルギッシュな人びとが、確実にいるということにも、あらためて気づきました。そこに、「何があっても、どうにかなる」という、人びとの強さを感じ ます。また、諸々の課題に向き合いながらも、ぼくたちを笑顔で迎えてくれる優しさにも出会います。それが、リアルです。
この圧倒的なパワーを持って、ぼくたちの目の前に現れるリアリティに、どう応えるか。それはまさにコミュニケーションにかかわる課題であり、ぼくたちが「研究会」の活動をとおして考えてゆくべきテーマです。お決まりの調査研究のスキームに即して、「報告書」を書いているだけでは、ダメなのです。つぶさな観察と、詳細な記録、 さらには人びととのかかわり(ときには、長きにわたるかかわりの「はじまり」に触れていることもある)をもふくめたかたちで、学問という実践をデザインすることに意味があるのです。
ぼくたちの活動は、たとえば「まちづくり」「地域づくり」「地域活性」といったテーマと無縁ではありません。でも、いわゆる「処方箋」づくりにはさほど関心がありません。 そもそも「処方箋」などつくれるのだろうか、と問いかけることのほうが重要だと考えます。「ふつうの人びと」の暮らしにできるかぎり接近し、その強さと優しさに光を当てて可視化するのです。そこまで行ければ、じゅうぶんです。あとは、人びとがみ ずからの暮らしを再定義し、そこから何かがはじまるはずです。ぼくたちのコミュニケーションのなかにこそ、たくさんのヒントがあります。
2021年度の春学期について、COVID-19の状況がどうなるのかわからないままですが、できるかぎりオンキャンパスで(さらにはキャンパスの「外」へとフィールドを求めて)活動するつもりです。メディア、ボンディング、アイデンティティといったキーワードをふまえ、人と人とのコミュニケーションについて活発に議論し、何らかの形で社会実践へとつなげていきたいと考えています。
2021年3月に卒業予定の4年生は、6名です。それぞれの「卒業プロジェクト」については、上述の「フィールドワーク展XVII:つきみててん」で展示されます。会場で、本人と直接話をすることもできるはずです。参考までにタイトル一覧(タイトルだけでは、想像できない…けど)を載せておきます。
キャンプ:全員(学部生+大学院生) 2021年度春学期は、「キャンプ」を2回実施する計画です。
卒業プロジェクト:7-8セメスター(個人) 4年生は、それぞれのテーマで「卒プロ1」「卒プロ2」に取り組みます。
グループワーク:1-6セメスター グループに分かれてフィールドワークをおこないます。2021年度春学期のテーマは「再遊:ちいさなメディア(仮)」です。
(参考)これまでのグループワーク テーマ一覧: https://camp.yaboten.net/entry/fw_themes
◎新規履修希望者
何度かやりとりしながら、履修者をえらびたいと思います。ちょっと面倒かもしれませんが、お互いのためです。結局のところは「えらび、えらばれる」という関係が大事だからです。
まずは、このページ → https://camp.yaboten.net/entry/21s をじっくり時間をかけて読んでください。
それから、下記の (1) (2) をまとめてください。その上で(必要に応じて) (3) やりとりしたいと思います。
(1) エッセイ:以下のいずれかのタイトルで、エッセイ(600字程度)を書く。
(2) 志望理由 :なぜ、この研究会に興味をもったのか。じぶんはどのようにかかわるつもりかを文章化する(1000〜1200字程度)。過度な自己PRは避けるように。かならず、 https://camp.yaboten.net/entry/21s に書かれた内容と具体的に関係づけて書いてください。
かならず、学部、学年、名前、メールアドレスを明記すること。 質問・その他についても、同様に21s [at] fklab.net宛てにメールを送ってください。@の前は、21s(エスは小文字です。)
(3) コミュニケーション :いつも、可能なかぎり、会って話をする機会をつくることにしています。
◎継続履修希望者
2020年度秋学期「研究会A」履修者で、2021年度春学期も継続履修を希望する学生については、別途連絡します。
その他、活動内容や日々の雑感についてはブログや研究室のウェブ、SNSなどで随時紹介しています。
たとえば、下記を読んでみてください。コミュニケーションやメディアについてどう考えているか、「キャンプ」や「場づくり」の実践、理論的・方法論的な関心、具体的な事例などについて知ることができます。
秋学期を迎える直前に、学事のシステムがダウンしました。これまでに活用されていた「研究会シラバス」一覧や、「教員プロフィール」など、研究会や担当教員を知るための仕組みがなくなって、不安に思っている学生は少なくないでしょう。もちろん、教員としても、学生たちと出会う機会が減ってしまいました。「研究会シラバス」(例年より1か月ほど遅れて公開)に加えて、研究発表会や説明会、展覧会などがあるので紹介します。
2月8日追記:以下のすべてのイベントは、無事に終了しました。
ここ5年ほど、石川研、諏訪研、清水研、加藤(文)研の4研究会(研究室)合同で、学部生の「卒プロ」発表会を開いています。それぞれの研究会から2〜3名が、成果発表をおこなう予定です。担当者のこと、そして学生たちの具体的なプロジェクトについて知る機会になるでしょう。今年はオンライン(ZOOM)での開催になりますが、興味のある学生(keio.jp認証あり)は聴講可能です(途中で自由に出入りできます)。 フォーム → https://forms.gle/5hFLcnJDnBB3tVCg6
XD(エクスデザイン)は、大学院(政策・メディア研究科)のプログラム名称で、“デザイン系”の教員を束ねた集まりです。当日は、それぞれの教員から活動内容や新年度からの履修について紹介があります。フライヤーをよく読んで、アクセスしてください(ZOOMによる開催)。
毎年、2月の初めに年度の活動報告のための展覧会(フィールドワーク展)を開催しています。実際に、学部生の「卒業プロジェクト」やグループワーク、フィールドワークなどの成果を展示して、1年間をふり返るための集まりです。
今年は17回目となりますが、残念ながらオンラインで開催することになりました。それでも、実際に加藤研のメンバーたちと、直接語らう機会になるはずです。くわしくは、https://vanotica.net/fw1017/ を参照してください。(オンライン開催にともない、事前登録をお願いしています)
【本日発行】️気づけば、今年も残すところわずか。身体も心も暖かくして過ごしましょう。加藤研のウェブマガジン“exploring the power of place” 第48号(2020年12月20日号)のテーマは、「距離」です。→ https://medium.com/exploring-the-power-of-place/tagged/048
「Every Person in Setagaya Line(人びとの世田谷線)」のダイジェストビデオです。11月13日(金)のドラフト会議(担当する駅を決める会議)から、15日(日)の成果報告会までのようすを記録しています。
Following the "People's Ikegami Line" project conducted in mid-October, we observed and sketched at each Tokyu Setagaya Line station (Tokyo). Gradually, a new style of fieldwork practice/workshop, combining online and on-site, came into view. Here is a video digest of the day's activities, from the first day's "draft meeting" (a meeting to decide which stations we would be responsible for), observations and sketches, and the last day's debriefing session.
(イラスト:堤 飛鳥)
◎撮影・編集:中田 江玲・佐藤 しずく *一部については、参加者がそれぞれの現場で撮影しました。
The Making of Every Person in Setagaya Line from who_me on Vimeo.
2020年11月17日(火)|ダイジェストビデオの上映会(キャンパスで)* 写真提供:堤飛鳥