まちに還すコミュニケーション

場のチカラ プロジェクト|Camp as a participartory mode of learning.

研究会シラバス(2022年度春学期)

更新記録

(2022年3月16日)実施済みになったので、「お知らせ:活動を知る手がかり」を文末に移動。
(2022年2月8日)書式を少しだけ変更(内容は変わらず)。
(2022年2月7日)「合同卒プロ発表会」のプログラムを追記。一部構成を変更。
(2022年2月1日)グループワーク(2021年秋学期)に追記。
(2022年1月29日)フィールドワーク展XIIIの開催を延期します。
(2022年1月28日)「A Day in the Life 4」を掲載しました。
(2022年1月27日)2022年度春学期・新規履修にかんする情報を更新。スケジュールは暫定版です。
(2022年1月15日)ひとまずサイトを公開。新規履修にかんする案内は執筆中。
(2022年1月7日)現在シラバス入力中です。

大学のオフィシャルサイト(SOL-A)にある「研究会シラバス」も参照してください。

※ 加藤研メンバー(2022年1月1日現在):大学院生 11名(博士課程 6名・修士課程 5名)・学部生 19名(4年生 7名・3年生 2名・2年生 7名・1年生 3名)

もくじ

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1 はじめに

ぼくたちは、絶えずコミュニケーションしながら暮らしています。
ワツラヴィックらは、『人間コミュニケーションの語用論』(二瓶社, 2007)のなかで「コミュニケーションにおけるいくつかの試案的公理」について述べています。その冒頭に挙げられているのが、「We cannot NOT communicate(コミュニケーションしないことの不可能性)」です。つまり、ぼくたちは、いつでも、どこにいても、コミュニケーションせざるをえない。非言語的なふるまいはもちろんのこと、沈黙もまたメッセージであることに、あらためて気づきます。
そして、コミュニケーションについて考えることは、(いつ・どこで・だれが)集い、(何を・ どのように)語らうのかを考えることだと理解することができます。つまり、コミュニケーションへの関心は、必然的に「場所」や「場づくり」への関心へと向かうのです。この研究会では、コミュニケーションという観点から、人びとの「移動」や人びとが集う「場所」の成り立ち、「場づくり」について実践的な調査・研究をすすめています。 

たまに、「(加藤研は)何をやっているのか、よくわからない」というコメントをもらうのですが、冒頭で述べたとおり、人と人とのコミュニケーション(ヒューマンコミュニケーション)が主要なテーマです。既存の学問分野でいうと社会学や社会心理学ということになりそうですが、ぼく自身は、学部を卒業後は「コミュニケーション論/コミュニケーション学」のプログラムで学びました。まずは、以下の3つのキーワードについて考えてみてください。(書き出してみたら、すべてカタカナのことばになってしまいましたが、そもそも「コミュニケーション」も日本語にはしづらいことばです。)

メディア(Media)

ひとつ目は、メディアへの関心です。メディアはマスメディア、デジタルメディアなど日常的に使っていることばですが、まずはさらに広い意味でとらえて、人と人との「仲立ち」をする〈モノ・コト〉だと考えることからはじめます。そう考えると、ゼミもレストランも公園も、ぼくたちの日常生活は、多様なメディアとともに成り立っていることに気づきます。〈モノ・コト〉であるならば、ぼくたちは能動的にそのありようを構想したり、形をあたえたりすることもできるはずです。その意味で、メディアへの関心は、たんに人と人とを結ぶ(あるいは場合によっては隔てる)「仲立ち」について理解するだけではなく、自らの方法や態度で「仲立ちする」ことにつながっていきます。

たとえば、2009年ごろから続けているポスターづくりのワークショップ(参考:ポスターをつくる, 2015)は、メディアの特性を体験的に学ぶための仕組みとして考えています。全国のまちに出かけ、人びとと語らう。そして、その人びとの“生きざま”をポスター(写真とテキスト)というフォーマットでまとめて一覧できるように並べる。取材という過程と、成果報告会(ちいさなポスター展)によって、ぼくたちはまちに暮らす人びととの距離感を変容させ、コミュニケーションの「場所」をつくります。そのさい、会話だけではなく、ポスターというメディア(ちいさなメディア)が大切な役割を果たします。もちろん、グラフィックデザイナーや広告のプロの手によるものではありません。ただ、ポスターを一緒に眺めるという状況は、人との向き合い方や距離感を調整します。同じように、ウェブや小冊子(ZINEのようなもの)、ビデオクリップなども、その内容だけではなく、あらたな関係性を生み出したり、これまでのやり方を組み替えたりする役目を果たすものとして考えます。

ボンディング(Bonding)

ボンディングは、さほど馴染みのないことばかもしれませんが、〈ボンド=接着剤〉だと頭に思い浮かべれば、なんとなくイメージできるはずです。ぼくたちは、人と一緒に過ごしたいと願い、さまざまな方法で集います。善くも悪くも、「連む」のは、ごく自然なふるまいのように思えます。そして、執拗にお互いを求め合うこともある。いまは、COVID-19の影響で思うように動くことができなくなり、それでも、オンラインの環境を利用しながら時間や空間を共有する感覚をつくる工夫が重ねられています。どんな状況でも、集まりへの欲求があるからでしょう。もちろん、逆の想いもあるわけで、人との距離を置きたいときも、やりとりを遮断したいときもあります。
いずれにせよ、コミュニケーションについて考えるさいには、「誰か」の存在を無視することはできないでしょう。その「誰か」に過去や未来のじぶんをふくめれば、一人でいたとしても、「誰か」とのやりとりがあります。

ボンディングは、そうした「誰か」とのかかわりに着目するためのことばとして位置づけています(ヒューマン・ボンディングのほうが、わかりやすくなるかもしれません)。何らかの用件を伝えるだけでなく、たんに、しゃべるためにしゃべる。あとからふり返ると、他愛のない会話のように思えても(場合によっては、何の話をしたのかさえあやふやでも)、「誰か」と一緒に過ごしたこと(だけ)は、鮮明に記憶に残っていることがあります。冒頭で紹介した「コミュニケーションの不可能性」をふまえると、ぼくたちは、つねに「誰かと共にいる」ことになります。コミュニケーションを理解しようという試みは、「場所」や「場づくり」への関心へと向かいます。そして、さまざまなメディアが、ヒューマン・ボンディングを促す(あるいは妨げる)のにかかわっているのです。

アイデンティティ(Identities)

ぼくたちは、日常のやりとりのなかで「それ、意味がない」などと口にします。そのとき、「じぶんにとって」という部分が省略されている(そしてそのことにあまり気を止めない)のではないかという点を、あらためて意識してみることが大切です。つまり、「それ」にあらかじめ唯一の意味が埋め込まれているのではなく、「それ」を目にしたり考えたりしたじぶん自身にとって意味があるかどうかを語っているにすぎないのです。人と人とのコミュニケーションのありようを理解しようとするとき、意味づけや解釈について考えることになります。もちろん、コミュニケーション観(コミュニケーションの理論)はいくつもあるので、こうした考え方は面倒だと思うかもしれません。でも、意味はどこにあるのかをつねに問いたい。意味は、「それ」のようにどこかにあらかじめ「ある」のではなく、まさにコミュニケーションのなかでつくられると考えます。

メッセージを正しく「伝達」できるかどうかは、機械的・操作的に考えることができます。メールやSNSで、「こちら」(送り手)が送信したのと同じ文字や記号が、「あちら」(受け手)でもそのまま再現されていないと困ったことになります。でも、そのメッセージの意味づけは、もっぱら「あちら」に委ねています。というより、やりとりをしているどうしで共有している(と思われる)状況や文脈、さらには過去のつき合いの履歴なども関係する、複雑で相互構成的な過程をとおして意味が紡がれます。こうして、お互いの反応をえながらやりとりが続けられるのです。
たとえば2020年度の「インプレッションマネジメント」では、「らしさ」をテーマに議論を重ねました。ぼくたちは、じぶんらしくありたいと考え、じぶん自身について関心をいだきます。人とのかかわりのなかで、意味を問い続けることは、結局のところはじぶんを他者との関係で位置づけてゆくこと、つまり、アイデンティティのありようを考えることです。

 

2 方法と態度

COVID-19とフィールドワーク

ぼくたちは、フィールドワークやインタビューに代表される質的調査(定性的調査)を重視していますが、新型コロナウィルスの感染拡大にともない、方法そのものの再定義・再編成が必要となりました。とりわけ、人びとの暮らしに接近し、能動的にかかわりながらその意味や価値を理解しようという試みは、対面での「密な」コミュニケーションを前提として成り立っており、現在の状況下では、調査研究そのものが大きな制約を受けています。
いっぽう、現況下における会議や講義のオンライン化の試みをとおして、あらたな〈現場観〉が醸成されつつあります。さまざまなメディアを駆使し、さらに時間・空間を再編成することによって、定性的調査のありようはどのように変化するのか。だいぶ状況は好転していますが、2022年度春学期は、人びとの移動、集まり、社交などのふるまいをとらえなおし、オンライン環境における質的調査について検討することも、引き続き大切な課題になるでしょう。

参考:2021年度秋学期のおもな活動

研究会メンバー全員での取り組み

たとえば2021年度秋学期は、研究会メンバー全員での取り組み(フィールドワーク、ワークショップなど)として、以下のような活動をおこないました(計画中のものをふくむ)

(1)エクスカーション(ぷちキャンプ)(2021年10月)
あたらしいメンバーも加わったので、そのオリエンテーションをかねて、みなとみらい(横浜市)界隈でワークショップをおこないました。秋学期は100円ショップの調査をはじめることになっていたので、メンバーを「100円ショップで売っているモノにたとえる」という実習です。

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(2)風越キャンプ(2021年11月)
いまだに安心はできないものの、状況は好転しているので、秋学期は、少しずつ「外」での活動が増えました。やや変則的ながらも「キャンプ」を再開しました。これまで続けていたように、人びとを対象に取材をおこない、その結果をもとにポスター/ビデオを制作しました。ただし、(大学の「研究会」として)宿泊を伴う活動は禁止されているため、日帰りが可能な対象地をえらび、複数日に分けて全体のプログラムを構成しました。
軽井沢風越学園を対象地に、ポスターづくりのワークショップをおこないました。成果報告会は、オンライン(ハイブリッド)で実施しました。

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(3)善行キャンプ(2021年12月)
依然として宿泊を伴う活動はNGなので、今回は「通い」で2日間の「キャンプ」を実施しました。キャンパスにほど近い善行団地を対象地にポスターづくりをおこないました。ひと晩で作業をすすめ、翌日(2日目)に成果報告会を実施する流れでした。

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(4)A Day in the Life 4(2022年1月)(実施予定)(実施済み)
家にいる時間が増え、全員が集うことのない毎日。〈ある一日〉を指定し、その日の一人ひとりの生活の「細片」をビデオにまとめました。昨年度実施の「A Day in the Life(2020年7月)」「A Day in the Life 2(2021年1月)」および「A Day in the Life 3(2021年7月)」と同様に、今年の〈ある一日〉を記録・編集する予定です。(以下は、「A Day in the Life 3」です。) 1月25日に撮影されたビデオを編集しました。↓

2022年1月25日
卒業プロジェクト(学部4年生)

2022年3月に卒業予定の4年生は、7名です。それぞれの「卒業プロジェクト」については、2022年2月に開催予定の「フィールドワーク展XVIII」で展示されます。会場で、本人と直接話をすることもできるはずです。
◎参考:「卒プロ1」履修者のまとめ(2021年春学期) → https://camp.yaboten.net/archive/category/%E5%8D%92%E3%83%97%E3%83%AD2021

◎参考:2022年4月から「卒業プロジェクト」に取り組む予定のメンバーは、少しずつ動きはじめています。『ただいまを言いたくて』は、その進捗を記録するためのメディアです。 → ただいまを言いたくて – Medium

グループワーク(学部1〜3年生)

2012年度秋学期は“100円ショップを「読む」”というテーマでグループワークをすすめています。成果は、「フィールドワーク展XVIII:ぐるりと」で展示するほか、冊子にまとめたりウェブで公開したりする予定です。→ https://vanotica.net/100yen/

 

観察と記述

つぶさな観察と詳細な記述からはじまるフィールドワーク(その先にはインタビューやワークショップなどを構想・実施)をとおして実践的に考えてみたいのは、たんなる調査の方法ではありません。従来からある「問題解決」(ビジネスモデル的発想)を志向したモデルではなく、「関係変革」 (ボランタリーなかかわり)を際立たせた、あたらしいアプローチを模索しています。より緩やかで、自律性を高めたかたちで人びとと向き合い、その「生きざま」 を理解し描き出すことを目指します。
つまるところ、ぼくたちは「調査者」という、特権的に位置づけられてきた立場をみずから放棄し、人びとの日常と「ともに居る」立場へと向かうことになります。その動きこそが、変革のためのよき源泉になると考えているからです。

2006年の秋ごろから「キャンプ」をコンセプトに、「研究会」の活動をデザインしていくことにしました。そもそも、「キャンパス」も「キャンプ」も、広場や集まりを意味する「カンプス (campus)」が語源です。大学の「時間割」によって組織化される時間・空間を再編成して、いきいきした「場」づくりを実践する。その実践こそが、活気のある「グッド・プレイス(good place)」はどのように生まれ、育まれてゆくのかを考えるヒントになるはずです。

「キャンパス」と「キャンプ」

「キャンプ」は、ぼくたちのコミュニケーションや社会関係のあり方を再認識し、再構成してゆくための「経験学習」の仕組みです。

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「キャンプ」と聞くと、多くの人は、テントを持って出かける、いわゆる「アウトドア」の「野営」活動を思い浮かべるかもしれません。本格的ではないにしても、ぼくたちの多くは、おそらく、幼い頃に何らかの「キャンプ」体験をしているはずです。たとえば、林間学校や野外学習などの一環として、仲間とともに、飯盒でごはんを炊いたり、星空を見上げたり、火を囲んで語ったりした思い出はないでしょうか。ここで言う「キャンプ」は、必ずしも、こうした「アウトドア」の活動を指しているわけではありません。

「キャンプ」は、ぼくたちに求められている「かかわる力」を学ぶ「場所」として構想されるものです。さほど、大げさな準備は必要ありません。「キャンプ」は、日常生活のなかで、ちょっとした気持ちの切り替えをすることで、ぼくたちにとって「あたりまえ」となった毎日を見直し、「世界」を再構成していくやり方を学ぶためにあります。それは、道具立てだけではなく、心のありようもふくめてデザインされるもので、思考や実践を支えるさまざまなモノ、そして参加者のふるまいが、相互に強固な関係性を結びながら、生み出される「場所」です。「キャンプ」には、以下のようなふるまいが求められます。

フィールドで発想する
「キャンプ」では、現場(フィールド)での直接的な体験から、〈モノ・コト〉を考えるスタイルを大切にします。もちろん、本・論文を読むこと、理論的な枠組みをしっかりとつくることも重要ですが、まずはじぶんの目で見ること・じぶんの身体で感じることを重視します。近年、「フィールドワーク」ということばが一般的に使われるようになりましたが、「フィールドワーク」には、地道に観察・記録をおこなうこと、時間をかけてデータの整理や解釈を試みることなど、知識を生成するための「技法」としてのトレーニングには(それなりの)時間とエネルギーが要求されます。まち歩きを愉しむことは重要ですが、一人前のフィールドワーカーとして、足(と頭)を動かすことが求められます。

カレンダーを意識する
忙しいことは悪いことではないと思いますが、じぶんの〈やりたいこと〉と〈やること〉とのバランスを上手く取らないと、すべてが中途半端になります。他の授業やサークル、アルバイトなど、さまざまな活動とともに研究会を「中心」に位置づけることを強く望みます。言いかえるならば、〈望ましさ〉と〈実現可能 性〉をつねに意識するということです。これはやる気、能力、チャンスなどと関連していますが、スケジュールや時間のマネジメントが重要である場合が少なくありません。中途半端にならないように、研究活動のカレンダーをきちんとデザインすることが重要です。

じぶんを記録する
フィールドワークを基本的なアプローチにする際、調査の対象となる〈モノ・コト〉への感受性ばかりでなく、テーマに取り組んでいるじぶん自身への感受性も重要です。つまり、じぶんが、いったいどのような〈立場〉で〈モノ・コト〉を見ているのか…をどれだけ意識できるかということです。また、その〈立場〉をどのように明示的に表現(=つまりは調査結果の報告)できるかが大切です。フィールドワークをおこなう際には、現場で見たこと・発見したことを書き留めるためにフィールドノートを書くのが一般的ですが、研究会の時間をふくめ、日々のじぶんを記録します。

コミュニケーションの練習
ことばを大切に正確につかいたい。つねにそう思いながら活動することを心がけています。たとえば「地域活性化」「まちづくり」「コミュニティ」など、 それっぽくて、その気になるようなキーワードはできるかぎり排除して、慎重にことばをえらびたいと考えています。つまり、コミュニケーションに執着するということです。「わかったつもり」で、ことばをえらばないこと。そして、相手(受け手)を考えて丁寧に語る/表現する姿勢を執拗に求めることです。
その練習のために、ジャーナリング(日々の活動日誌)、スケッチや図解、エッセイ(300文字作文)などをおこないます(詳細は開講時に説明します)。

 

3 だから、コミュニケーション

 何が起きるかわからない…。ぼくたちは、変化に満ちた時代に暮らしています。とくにこの1年はCOVID-19に翻弄され、これまで「あたりまえ」だと思っていたことを諦めたり手放したりする場面にいくつも遭遇しました。哀しい出来事にも向き合い、また不安をかかえながら不自由な毎日を強いられることになりました。でも、そのような不安(あるいは不満)、問題に向き合いながらも、明るくてエネルギッシュな人びとが、確実にいるということにも、あらためて気づきました。そこに、「何があっても、どうにかなる」という、人びとの強さを感じ ます。また、諸々の課題に向き合いながらも、ぼくたちを笑顔で迎えてくれる優しさにも出会います。それが、リアルです。

この圧倒的なパワーを持って、ぼくたちの目の前に現れるリアリティに、どう応えるか。それはまさにコミュニケーションにかかわる課題であり、ぼくたちが「研究会」の活動をとおして考えてゆくべきテーマです。お決まりの調査研究のスキームに即して、「報告書」を書いているだけでは、ダメなのです。つぶさな観察と、詳細な記録、 さらには人びととのかかわり(ときには、長きにわたるかかわりの「はじまり」に触れていることもある)をもふくめたかたちで、学問という実践をデザインすることに意味があるのです。

ぼくたちの活動は、たとえば「まちづくり」「地域づくり」「地域活性」といったテーマと無縁ではありません。でも、いわゆる「処方箋」づくりにはさほど関心がありません。 そもそも「処方箋」などつくれるのだろうか、と問いかけることのほうが重要だと考えます。「ふつうの人びと」の暮らしにできるかぎり接近し、その強さと優しさに光を当てて可視化するのです。そこまで行ければ、じゅうぶんです。あとは、人びとがみ ずからの暮らしを再定義し、そこから何かがはじまるはずです。ぼくたちのコミュニケーションのなかにこそ、たくさんのヒントがあります。

2022年度春学期について、COVID-19の状況がどうなるのかわからないままですが、できるかぎりオンキャンパスで(さらにはキャンパスの「外」へとフィールドを求めて)活動するつもりです。メディア、ボンディング、アイデンティティといったキーワードをふまえ、人と人とのコミュニケーションについて活発に議論し、何らかの形で社会実践へとつなげていきたいと考えています。

 

4 2022年春学期の活動(予定)

キャンプ:全員(学部生+大学院生) 2022年度春学期は、「エクスカーション(ワークショップ)」を1回+「キャンプ」を2回実施する計画です。履修者(履修予定者)は、下記の日程を確保してください。

  • 4月16日(土)または17日(日):エクスカーション(ワークショップ) 
  • 5月20日(金)〜22日(日):キャンプ(調整中)
  • 6月17日(金)〜19日(日):キャンプ(調整中)

卒業プロジェクト:7-8セメスター(個人) 4年生は、それぞれのテーマで「卒プロ1」「卒プロ2」に取り組みます。

グループワーク:1-6セメスター グループに分かれてフィールドワークをおこないます。2022年度春学期のテーマ(候補)は「となりのエンドーくん(仮)」「ドミトリーライフ(仮)」などです。
◎参考:これまでのグループワーク テーマ一覧 → https://camp.yaboten.net/entry/fw_themes

 

5 研究会の履修について

2022年度春学期・履修希望者

何度かやりとりしながら、メンバーをえらびたいと思います。ちょっと面倒かもしれませんが、お互いのためです。2022年度春学期に履修を希望するひとは、まずは、このシラバスを(リンク先や参考文献なども)じっくり時間をかけて読んでください。
それから、下記の (1) (2) をまとめてください。(必要に応じて) (3) やりとりしたいと思います。

(1) 書評:以下のいずれかの本を読んで書評を書いてください(1600〜2000字程度)。ここでいう書評はたんなる紹介文・感想文ではなく、あなたが興味を持っている課題と結びつけながら、著者の考えやアプローチを批評する文章を指します。※文中で本の一節を引用する場合、引用箇所は文字数にカウントしません。

  • エリック・クリネンバーグ(2021)『集まる場所が必要だ』英治出版
  • エドワード・ヒュームズ(2016)『移動の未来』日経BP
  • デイビッド・サックス(2018)『アナログの逆襲』インターシフト

(2) 志望理由 :なぜ、この研究会に興味をもっているのか。じぶんはどのようにかかわるつもりかを文章化してください(800〜1000字程度)。過度な自己PRは避けて、かならず、 このシラバスに書かれた内容と具体的に関係づけて書いてください。

 


(1) (2) の提出は…

  • 提出期限: 2022年2月25日(金)22:00 時間厳守
  • 提出方法:(1) (2) ともに、メールで 22s [at] fklab.net 宛てに送ってください。他のアドレスに送られらたものは、読まない(というより、見落とす)場合があるので注意。

かならず、学部、学年、名前、メールアドレスを明記すること。 質問・その他についても、同様に22s [at] fklab.net宛てにメールを送ってください。@の前は、22s(エスは小文字です。)

  • .txt、.doc(.docx)、または.pdf形式のファイルを添付してください。
  • メールの件名は、かならず「2022s」としてください。期限遅れ、宛先の誤り、内容の不備等がある場合は選考対象にはなりません。


(3) コミュニケーション
:いつも、可能なかぎり、会って話をする機会をつくることにしています。

  • すすめかた: 2022年2月25日(金)以降に メールで連絡します。そのあとは、予定を調整して面談(15〜20分程度)します(状況に応じてオンラインまたは対面)。

 

6 リンクいろいろ

その他、活動内容や日々の雑感についてはブログや研究室のウェブ、SNSなどで随時紹介しています。

 

7 参考資料

たとえば、下記を読んでみてください。コミュニケーションやメディアについてどう考えているか、「キャンプ」や「場づくり」の実践、理論的・方法論的な関心、具体的な事例などについて知ることができます。

  • 荒井良雄ほか(1996)『都市の空間と時間:生活活動の時間地理学』古今書院
  • ジョン・アーリ(2015)『モビリティーズ:移動の社会学』作品社
  • 海野弘(2004)『足が未来をつくる:〈視覚の帝国〉から〈足の文化〉へ』洋泉社
  • アンソニー・エリオット+ジョン・アーリ(2016)『モバイルライブス:「移動」が社会を変える』ミネルヴァ書房
  • 佐藤郁哉(2006)『フィールドワーク(増補版):書を持って街に出よう』新曜社
  • 清水義晴・小山直(2002)『変革は、弱いところ、小さいところ、遠いところから』太郎次郎社
  • 橋本義夫(1978)『誰にでも書ける文章:「自分史」のすすめ』講談社現代新書
  • ドロレス・ハイデン(2002)『場所の力:パブリックヒストリーとしての都市景観』学芸出版社
  • エドワード・ヒュームズ(2016)『「移動」の未来』日経BP
  • ケン・プラマー(1991)『生活記録の社会学:方法としての生活史研究案内』光生館
  • パウロ・フレイレ(1979)『被抑圧者の教育学』亜紀書房
  • ウィリアム・ホワイト(2000)『ストリート・コーナーソサエティ』奥田道大・有里典三(訳)有斐閣
  • ジョン・ヴァン・マーネン(1988)『フィールドワークの物語:エスノグラフィーの文章作法』現代書館
  • 宮本常一・安渓遊地(2008)『調査されるという迷惑:フィールドに出る前に読んでおく本』みずのわ出版
  • ポール・ワツラヴィックほか(2007)『人間コミュニケーションの語用論:相互作用パターン、病理とパラドックスの研究』二瓶社
  • 加藤文俊(2018)『ワークショップをとらえなおす』ひつじ書房
  • 加藤文俊(2017)「ラボラトリー」とデザイン:問題解決から仮説生成へ『SFC Journal』第17巻第1号 特集:Design X*X Design: 未知の分野における新たなデザインの理論・方法の提案とその実践(pp. 110-130)
  • 加藤文俊(2016)『会議のマネジメント:周到な準備、即興的な判断』中公新書
  • 加藤文俊(2016)フィールドとの「別れ」(コラム) - 工藤保則 ・寺岡伸悟 ・宮垣元(編著)『質的調査の方法〔第2版〕』(pp. 156-157)法律文化社
  • 加藤文俊(2015)フィールドワークの成果をまちに還す - 伊藤香織・紫牟田伸子(監修)『シビックプライド2 国内編』第1部(p. 77-84)宣伝会議
  • 加藤文俊(2015)『おべんとうと日本人』草思社
  • 加藤文俊・木村健世・木村亜維子(2014)『つながるカレー:コミュニケーションを「味わう」場所をつくる』フィルムアート社
  • 加藤文俊(2013)「ふつうの人」のデザイン - 山中俊治・脇田玲・田中浩也(編著)『x-DESIGN:未来をプロトタイピングするために』(pp. 157-180)慶應義塾大学出版会
  • 加藤文俊(2009)『キャンプ論:あたらしいフィールドワーク』慶應義塾大学出版会
  • 加藤文俊研究室(2016-)Exploring the power of place → https://medium.com/exploring-the-power-of-place *2016年5月に刊行した、加藤研のウェブマガジンです。毎月1回、メンバーが分担して記事を書いています。テーマの方向性や雰囲気がわかるはずです。
  • 荒木優太×加藤文俊(2017)フィールドワークと在野研究の現代的方法論 → https://www.10plus1.jp/monthly/2017/04/issue-03.php
  • 加藤文俊(2014)まちの変化に「気づく力」を育むきっかけづくり(特集・フィールドワーカーになる)『東京人』5月号(no. 339, pp. 58-63)都市出版
  • 加藤文俊(2014) ツールを考えるということ(特集・フィールドワークとツール)『建築雑誌』12月号(Vol. 129, No. 1665, pp. 32-35)日本建築学会
  • 「瞬間」をつくる[AXIS jiku 連載コラム「x-DESIGN/未来をプロトタイピングするために」Vol. 4 加藤文俊×藤田修平(2013年6月)] [http://goo.gl/xSfKx]
  • まちを巡り、人びとの暮らしに近づく。 地域の魅力を照らす、フィールドワークという方法と態度。[SFCオフィシャルサイト:SFCの革命者(2011年7月)] [http://www.sfc.keio.ac.jp/vanguard/20110726.html]

 

0 お知らせ:活動を知る手がかり

研究会や担当教員を知るための仕組みがなくなって、不安に思っている学生は少なくないでしょう。もちろん、教員としても、学生たちと出会う機会が減ってしまいました。「研究会シラバス」(例年より1か月ほど遅れて公開予定)に加えて、展覧会や研究発表会があるので紹介しておきます。

2月10日(木)9:00〜18:00ごろ 合同「卒プロ」発表会

ここ5年ほど、石川初研、諏訪正樹研、清水唯一朗研、加藤文俊研の4研究会(研究室)合同で、学部生の「卒プロ」発表会を開いています。それぞれの研究会から2〜3名が、成果発表をおこなう予定です。担当者のこと、そして学生たちの具体的なプロジェクトについて知る機会になるでしょう。昨年は、オンラインで開催しました。
日時は上記のとおり決定していますが、詳細は(対面かオンラインかをふくめて)調整中ですが、事前に発表者と題目を公開します。また、途中の出入りは自由なので、都合に合わせてのぞいてみてください。

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◎プログラム(2月7日掲載) * keio.jp認証が必要です。

https://docs.google.com/spreadsheets/d/10dKe5mlUfp40YHR0oHJpHzGZo1gIEi6oz1QX8zvhczc/edit#gid=0

3月11日(金)〜13日(日) フィールドワーク展XVIII:ぐるりと

(2022-1-29追記)ここのところのCOVID-19の状況に鑑み、開催を1か月ほど延期することになりました。あたらしい会期は3月11日(金)〜13日(日)となります。最新の情報は、ウェブにて逐次お知らせします。

毎年、2月の初めに年度の活動報告のための展覧会(フィールドワーク展)を開催しています。実際に、学部生の「卒業プロジェクト」やグループワーク、フィールドワークなどの成果を展示して、1年間をふり返るための集まりです。

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今年は18回目となります。実際に加藤研のメンバーたちと、直接語らう機会になるはずです。くわしくは、 https://vanotica.net/fw1018/ を参照してください。(COVID-19の影響下にあって、対面の場合には予約が必要です。さらに状況しだいでは開催方法など、変更する可能性があります。)
◎参考:これまでのフィールドワーク展 → https://fklab.today/exhibition

善行キャンプ(ドキュメント)

ビデオでふり返る

2021年12月18日(土)から19日(日)の成果報告会までを記録した、ダイジェストビデオです。このビデオは、19日(日)の成果報告会のなかで上映しました。
(ポスターはここ → https://camp.yaboten.net/entry/zngydnch_posters

◉撮影・編集:會田太一・堤飛鳥

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2021年12月19日(日)成果報告会のようす(善行団地・第2集会所)

善行キャンプ(ポスター)

ポスターをつくる

(2021年12月19日)この秋2回目のポスターづくりのプロジェクトです。今回は、7名のかたがたにインタビューをおこない、ひと晩でポスターをつくりました。“ポスター展のポスター”をふくめて8枚。取材にご協力いただいた「善行団地 みまもり会議」のみなさん、ありがとうございました。

善行団地の人びとのポスター展
  • 会期:2021年12月19日(日)12:30ごろ〜
  • 成果報告会:2021年12月19日(日)12:30〜 成果報告会をおこないます。(報告のあと、ふり返りビデオ鑑賞・まとめと講評成果報告会は終了しました。ありがとうございました。
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f:id:who-me:20211219124023j:plain2021年12月19日(日)|成果報告会のようす(善行団地 第2集会所)

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 善行キャンプ

善行団地で考える・つくる

全国のまちを巡る「キャンプ」は、2019年12月に宮崎県日南市の飫肥(おび)に出かけて以来、ストップしていました。いまだに安心はできないものの、状況は好転しているので、やや変則的ながらも「キャンプ」を再開し、先月の「風越キャンプ」で、ひさしぶりにポスターをつくりました。
引き続き、(大学の「研究会」として)宿泊を伴う活動は禁止されているため、日帰りが可能な対象地をえらび、複数日に分けて全体のプログラムを構成します。

【きっかけ|つながりの系譜】この2年近く、「キャンプ」については動きを止められていたので、とにかく、限定的であっても秋学期はポスターづくりを再開したい。いま思うと、その「とにかく」という想いが強かったのだと思います。
もともとは、7月に看護医療学部の石川志麻先生(以下、石川さん)から連絡があったところから、はじまりました。石川さんとは、学内の委員会でご一緒する機会がたびたびあったのですが、善行団地でインタビュー調査をすすめているとのこと、いちど学生たちの成果報告会に参加してほしいという連絡でした。

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ぼくたちは、団地については、2014年度の秋学期に洋光台団地(横浜市)をフィールドに「団地の暮らし」というテーマでグループワークをおこない、その成果を「団地の暮らし展」として展示しました。その後、『三田評論』に「団地のこれから」という記事を書く機会があったり*1、ひょんなことから『桜の樹の下』という団地を舞台にしたドキュメンタリー映画*2のリーフレットに文章を寄せることになったり。とりわけ団地を研究対象としているわけではないのですが、石川さんは、ぼくが書いた『三田評論』の記事を目にしたことがあったようで、声をかけていただいたのでした。

石川さんの善行団地での試みは、たんなるインタビュー調査というよりは、地区診断や健康教育などにつながる話で、いわゆるサロン的な活動にかかわるものだったので、成果報告会に参加し、話を聞きました(それが、9月の下旬)。それをきっかけに、善行団地に暮らす人びとを対象に「キャンプ」ができないものかと考えるようになりました。いうまでもなく、この状況下にあって、善行であれば日帰りで実施できそうだという点も魅力に感じました。

その流れで、10月には善行団地の「みまもり会議」を見学させていただき、その後も善行市民センターのみなさんの協力をえながら「キャンプ」実施の可能性を検討しました。12月の「みまもり会議」では、今回の「キャンプ」の企画について説明する時間を設けていただきました。なかなか説明しづらいプロジェクトではあるのですが、数週間前の「風越キャンプ」のダイジェストビデオやポスター(実物)を紹介して、なんとなく雰囲気は伝わったのではないかと思います。いずれにせよ、実施OKという判断となりました。かなり慌ただしい調整でしたが、石川さんがすすめているプロジェクトに寄生するような感じの企画です。
もちろん、看護医療学部との共同プロジェクトとしての可能性はもとより、キャンパスに近いフィールドとして、この先のことも積極的に考えてみるつもりです。「善行キャンプ」は、日帰りで善行団地に暮らす人びと(今回は「みまもり会議」のメンバーが中心)を取材し、翌日にポスター展と成果報告会おこなう計画です。  

  • 日時:2021年12月18日(土)・19日(日)(現地集合・現地解散)
  • 場所:善行団地(〒251-0877 神奈川県藤沢市善行団地)
  • 本部(作業):善行団地(第2集会所)* 予定
  • 参加メンバー(加藤文俊研究室):18名(学部生 16名・大学院生 1名・教員 1名)*12月10日現在

スケジュール(暫定版)

12月18日(土)
  • 12:30ごろ 集合:善行団地・第2集会所(〒251-0877 神奈川県藤沢市善行団地)*昼食を済ませて集合
  • 13:00〜14:30ごろ フィールドワーク・インタビュー(ペアごとに行動・取材先に応じて随時スタート):できるかぎり取材協力者の日常に接近して、その「生きざま」をとらえます。
  • 〜17:00* アイデア出し・デザイン作業(ペアごとに行動):フィールドワークで集めてきた素材をもとに、ポスターのデザイン/編集作業をすすめます。(*第2集会所)17:00以降の作業場所については要調整
12月19日(日)
  • 00:00 ポスターデータ入稿:データ提出(時間厳守)
  • 10:30ごろ〜 展示準備・設営 会場:善行団地・第2集会所
  • 12:30ごろ〜 「善行団地の人びとのポスター展」
    (12:30〜 成果報告会 → 13:30〜 ふり返りビデオ鑑賞・まとめと講評)
  • 14:00ごろ 片づけ・解散

*1:『三田評論』2017年11月号(特集:空き家問題と住宅政策)

*2:『桜の樹の下』2016年 https://www.sakuranokinoshita.com/

「キャンプ」について:再考(1)

塗りかけの地図

先日、およそ2年ぶりに「キャンプ」を実施した(→ 2021年11月:「風越キャンプ」)。COVID-19の影響下にあって、宿泊をともなう活動は許されていないため、日帰りのプロジェクトになった。なので遠出はできず、塗りかけの地図は2年前の冬(→ 2019年12月:「おびキャンプ」)から、変わらないまま。47都道府県の踏査(コンプリート)まで、残り8府県である。*1

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キャンプ|2004〜2019(2019年12月16日更新) https://camp.yaboten.net/entry/area_index

ここしばらくは、1年間に4か所へ出かけるというペースで活動していたので、順調にすすめば、あと2年で“コンプリート”の予定だった。せっかくなら、最後は生まれ故郷の京都で締めくくろうというところまで考えていた。47か所目の「キャンプ」に参加し、記念すべき瞬間に立ち会うことを楽しみにしていた学生もいる。

だが、思わぬかたちで、足踏みせざるをえなくなった。COVID-19のせいで、外に出ることも人に会うことも制限され、これまで続けてきた「キャンプ」の動きが封じられてしまった。この1年半ほどは、窮屈な状況のなかでも、動けそうなときにはなるべく外に出たり、「非接触」に徹して遠くから人びとのふるまいを観察したり、あれこれと工夫しながら活動していた*2。コミュニケーションの大半は、オンラインだった。ようやく、この秋になって状況が好転し、少しずつ動けるようになってきた(これを書いているいま、ふたたび不穏な報道で少し気分がざわついているが)。

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2021年11月21日(日)|ひさしぶりに、みんなで「外」に出かけた(風越キャンプ)。

冒頭で述べたとおり、今回はおよそ2年ぶりの「キャンプ」だった。感染予防対策や授業のオンライン化などでドタバタと過ごしているあいだに、あたりまえのようにこなしていた「キャンプ」の準備やすすめ方がわからなくなっていた。もちろん、すべてを忘れてしまったということではない。10数年にわたって続けてきたことなので、「キャンプ」にかかわるふるまいは、身体にしみ込んでいるはずだ。だから、勘が鈍ったということなのだろう。ひさしぶりに実施してみると、いろいろなことに考えがおよんでいなかったことに気づく。大きなトラブルはなかったが、以前なら細かく対応できていたはずのこともいくつかあって、2年間の「ブランク」の影響を思い知った。

じつは、学生が逐次入れ替わってゆく「研究室」のことを考えると、より大きな課題に直面しているのかもしれない。毎回、記録は残すようにしているが、「キャンプ」は体験をとおして学ぶことが多い。はじめて参加する学生は、経験者(ひと足先に「キャンプ」を体験した先輩)と一緒に活動することで、現場でのふるまい方を体得する。たとえばペアを組んで動いている状況で、理屈も目の前のことも、その都度話をしながらすすめる。あるいは話さなくても、先輩の「背中を見ながら」知らず知らずのうちにコツや勘どころをつかんでゆく。つまり、「キャンプ」という活動にかかわる知識・知恵をじぶんに取り込もうとするとき、身体の役割は無視できないのだ。ことばはもちろん大切だが、ことばによるコミュニケーションに潤いをあたえるのは、身体によるコミュニケーションだ。COVID-19によって生まれた「ブランク」によって、この身体をとおした継承・伝承が絶たれしまったのではないか。

これを、やや大げさに「断絶」だと考えると、これまで10数年かけてつくってきた研究室の「文化」ともいうべきものが消えてなくなってしまったような感覚になる。だが、心配にはおよばない。ふり返ってみれば、最初は何もなかったのだ。「キャンプ」ということばで活動を語ることさえ考えていなかった。それなりの時間をかけて、試行錯誤を経ながら、「キャンプ」でのことばと身体のありようを整えてきた。さらにいえば、回を重ねるにつれて、つまり場数が増えることで、惰性や弛みのような状況も生まれつつあった。だから、不意ではあったものの、この「断絶」はそれほど悲観的に考えないほうがいいのだろう。少しずつ元に戻すのかどうかもふくめ、よく考えながら、また「文化」を育めばいい。

「キャンプ」をとらえなおす

学生たちとともに、まちを歩き、人びととかかわる。まちのこと、地域のことは、人びととのコミュニケーションをとおして(とおしてのみ)見えてくる。だからこそ、コミュニケーションを促す仕組みをつくることが、重要なテーマになる。ぼくたちの活動の原型(つまり「キャンプ」の原型)となったのは、葛飾柴又でのフィールドワーク(2004年11月)だった。

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2004年11月9日の新聞記事|まだスマホもInstagramもなかった。

フィールドワークをはじめとする質的調査という意味では、同じ場所にたびたび赴く(狭く深く)のが常套だと理解しながらも、たくさんの人に出会い、ことなる「地域性」(それがわかりやすく目の前に表れるかどうかはともかく)に触れるためには、いっそのこと47都道府県を踏査しよう(広く浅く)と考えるようになった。すでに触れたように、たとえば1年間に4か所へ出かけるとしても10年以上はかかる。それでも、とにかく続けることが大事だと思って方向性を決めた。
現実的には、20名近くの学生とともに出かけて、宿泊をともなう形で活動するのだから、調査者として、教員として、考えるべきことがたくさんある。試行錯誤を重ねながらすすめていくうちに、5年ほど続けたところで『キャンプ論:あたらしいフィールドワーク』という本をまとめることができた。当時の「キャンプ」に込めた考え方・ふるまい方については、ひととおり書いたつもりだ。だが、すでに『キャンプ論』から10年が過ぎて、さらにCOVID-19が社会調査に(そしてぼくたちの暮らしに)あたえた影響は記しておくべきものなので、つぎのまとめを書こうとしている。

はじめてのまちに出かけて、出会った人びとと向き合おうとするとき、お互いの緊張感を和らげ、コミュニケーションを促すための方法に関心が向く。堅苦しいインタビューではなく、ざっくばらんにおしゃべりをすることができれば、おのずと自然な表情をとらえることができるはずだ。どのような場づくりを心がければいいのだろうか。「キャンプ」を唱えているのだから、かぎられた滞在時間をどう使うか、工夫しなければならない。また、わずかな滞在を終えて訪問先を離れるとしても、長きにわたってつき合う関係になるかもしれない。「キャンプ」は、そのきっかけになる可能性もある。

『キャンプ論』では、「一宿一飯の恩義」ならぬ「一服一串の恩義」について書いた。たとえば旅先で偶然と幸運によって出会い、ちょっとお邪魔しておしゃべりをしているあいだにお茶とお団子をごちそうになる。コミュニケーションをとおして、お互いを知る。大切なのは、そのひとときを味わうことができたお礼に〈何か〉をしようという気持ちだ。
できることなら、感謝の気持ちを込めて一句詠んで、短冊にスラスラと書き残したいところだ。皿洗いや掃除で想いを伝えるやり方もある。さて、どうしよう。ぼくたちは、スマホやPCを携えて「ちいさなメディア」をつくる。やや荒削りであっても、かかわりを持てたことへの謝意を形にする。それは、出会って過ごしたことの記録であり、これからのかかわりにつながる〈何か〉になる。

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ポスターをつくる|2019年12月「おびキャンプ」

ぼくたちは、身近になったモバイルメディアを活用しながら、ポストカードやビデオクリップなど、さまざまな「ちいさなメディア」をつくってみた。即興というわけにはいかないものの、かぎられた滞在時間で完成させることを考えつつ、2009年からポスターをつくるようになった(→ 2009年9月:「家島フィールドワーク」)。数回の試行を経て、作業時間や作業のしやすさ、見た目のインパクトなど、さまざまな観点からポスターをつくる活動が「ほどよい」ことがわかり、以来、「キャンプ」は、ポスターづくりのワークショップを指すようになっている。

フィールドワークの実践は、いくつものハプニングによってかたどられる。どれほど周到に準備しておいても、現場では必ず(おそらく、必ずと言ってよい)予期せぬハプニングに遭遇する。だから、ぼく自身もそうだが、参加する学生たちも、現場での即時即興的な判断が求められることになる。その能力やセンスは、(すでに述べたとおり)身体的に育まれる。じつは、「キャンプ」の考え方自体も、実践をともなう形で説明したほうがわかりやすいはずだ。2年ぶりの「キャンプ」は、それさえもままならない状況で実施したのだった。
(つづく)

*1:年代別インデックスはこちら → http://camp.yaboten.net/entry/time_index

*2:たとえば「ちょっと窮屈な毎日(2020)」「人びとの池上線(2020)」「人びとの世田谷線(2020)」「ムービーキャンプ(2021)」「人びとの多摩川線(2021)」など。