まちに還すコミュニケーション

場のチカラ プロジェクト|Camp as a participartory mode of learning.

五島キャンプ(ポスター)

ポスターをつくる

今回は、7名のかたがたにインタビューをおこない、ひと晩でポスターをつくりました。“ポスター展のポスター”をふくめて8枚。ご協力いただいたみなさん、ありがとうございました。

五島の人びとのポスター展
  • 日時:2025年9月5日(金)11:30〜
  • 会場:三井楽公民館(〒853-0601 長崎県五島市三井楽町濱ノ畔1044-1)
    • 成果報告会:5日(金)11:30〜(12:30〜 ふり返りビデオ上映) 成果報告会は終了しました。ありがとうございました。


2025年9月5日(金):成果報告会(三井楽公民館)

 

 

 

 

 

 

 

卒業プロジェクト 1(2025)

幸せ探しの旅に出る

(2025年8月7日)この文章は、2025年度春学期「卒プロ1」の成果報告として提出されたものです。体裁を整える目的で一部修正しましたが、本文は提出されたまま掲載しています。

松本 仁奈|Nina Matsumoto

「幸せって、なんだろう」

小さい頃から、そんな問いを抱いてきた。お金、成功、愛情――世の中にはさまざまな“幸せ”のかたちがあるけれど、私が心から満たされるのは、いつも「誰かと共にある時間」だった。

たとえば高校時代に打ち込んだ生徒会活動。報酬もなければ感謝されるわけでもない。でも、誰かの笑顔のために仲間と共に考え、動いた時間は、何よりも楽しく、幸せだった。同じように、長年続けてきたバレエやピアノも私に大きな影響を与えている。どちらも、明確な正解がない世界。楽譜通りに弾く、振付通りに踊る。それだけでは届かない。自分の表現や気持ちの込め方によって伝わり方が変わる。自分の中にあるものを信じて表現する時間が、私にとっての豊かさだった。そんな時間が当たり前にあったからこそ、点数や合否、順位、効率といった「わかりやすい尺度」に違和感を持つようになった。努力の方向性は一つではないはずだし、何を「頑張る」のかはもっと自由であっていい。だからこそ、「その努力は、本当に幸せにつながっているのか?」という問いが生まれた。上京して一人暮らしを始めてからは、家族と過ごした日々の温かさをあらためて実感した。特別なことはなくても、日々の出来事を共有し合える誰かがいることが、私にとっての安心や幸せの土台だった。
あるできごとを誰かに話すと、頭の中に感情や景色がよみがえる。そして、そこから思いがけない気づきや新しい思考が生まれることがある。悲しかったことも、悔しかったことも、話すことで少しずつ意味を持ちはじめ、前向きに捉えられるようになる。ただ楽しかった出来事も、言葉にすることで心の奥に根を張る。話すことで、思ってもみなかった自分の言葉に出会う。そんな時間を、私は家族との対話のなかで積み重ねてきた。
けれど、大学進学を機に気づいたのは、「対話のぬくもり」は血縁や同居に限られたものではないということ。友人や地域の人との他愛ない会話、ただ誰かと隣にいる時間にも、「家族のような」あたたかさを感じる瞬間に出会ってきた。

 

「なぜ、幸せ探しの旅に出るのか」

現代社会では、経済的・社会的な地位が豊かさや幸せの尺度とされがちだ。そして、「努力」や「頑張り」は、ヒエラルキーを上るための手段として語られる。しかし、その方向性は本当に人間らしい幸せにつながっているだろうか。私の原体験や日々の実感からすると、そうとは限らない。誰かと共にいる時間、分かち合う言葉、何気ないやり取りの中にこそ、確かな幸せの気配があった。便利さや効率が重視され、オンラインで簡単につながれるようになった今。でも、孤独や寂しさが消えることはない。だからこそ、人とあたたかく関わることの意味や可能性を、見つめてみたい。
卒業プロジェクトでは、既存の価値観とは異なる軸で生きる人々や場を訪れ、「幸せ」や「豊かさ」のかたちを探っていきたい。
とくに注目したいのは、「家族的なつながり」を感じられるような空間。役割や責任に縛られるのではなく、「ただそこにいる」という状態から始まる関係性に関心がある。たとえば、地域のたまり場、多様な人が行き交う共有スペース、特別な目的がなくても集まれる場所。そんな場に流れる空気や交わされる言葉に、“幸せの種”があるのではと感じている。フィールドは一つに絞らず、さまざまな「外のリビング」のような場所を訪ねる。現地に足を運び、人々と話し、その場の空気を感じながら、「誰かと共にいることで生まれる幸せ」を探っていく。そして、「自分はどんなときに満たされるのか」という問いと向き合いながら、人と人との関係性のなかにある豊かさを見つけていきたい。

 

「たびのば」

出発点となったのは、横浜駅近くの会員制ラウンジ「フラグヨコハマ」であった。今年の2月、偶然参加した『庭の話』という書籍の著者イベントにてこの場所を初めて訪れ、その際に1日限定のパスをいただいた。軽い気持ちで再訪したことが、図らずもこの旅の第一歩となった。そこで出会ったのが、フラグヨコハマのコミュニティマネージャーである「コーヒータロー」さん。彼が主催する毎週月曜朝の雑談会「朝タロー」に参加するようになった。肩書きも目的も超えて、ただ会話を楽しむその場は、日常に自然な会話と出会いをもたらしてくれる。ここを起点に、多くの縁がつながり始めた。ここからは次々と私が春学期間に訪れた場所での出来事や感じたことを述べていく。

つながりから生まれた最初の訪問先は鎌倉にある「関係案内所はつひので」。ここでは毎週水曜日、「自炊の水」という持ち寄りのご飯会が行われている。私もお惣菜を一つ手作りして持っていき、参加した。初対面の人々が料理を囲んで語らう光景に出会った。名も知らぬ者同士が、言葉よりも前に同じ空間と時間を共有し、自然に関係が生まれていた。その様子には「外にあるリビング」という言葉がぴったりだった。

続いて、弘明寺の商店街へと足を運んだ。弘明寺商店街で月に一度のマルシェを主催するダバさんと出会い、地域の中で人と人とのつながりを大切にして暮らす姿に深く共感した。彼が弘明寺に関わるきっかけとなったのが「ニューヤンキーのたむろば」という一風変わったシェアハウスであった。ここでは、1年間の共同生活を通じて、住人たちが夢や想いを育み、最後には発表という形で卒業していく。ダバさんは、商店街を歩きながらカフェや設計事務所、お弁当屋さんなど、当たり前にどれもが自身の居場所であることを教えてくれた。その風景は、金銭や地位と離れた、純粋なつながりの世界を映しているように感じた。

さらに、若葉町にある民家アートセンター「wharf」に伺った。コーヒータローさんの出張珈琲屋に同行し、竹屋啓子さんが講師をつとめる中国人の役者さん達によるダンスワークショップに参加した。即興の身体表現を通して言葉を超えたつながりで新たな動きが生まれ、数値では測れない「人間性」を身体で理解したような気がした。📸中国各地や台湾から訪れた役者さん達が2週間、共同生活しながら舞台を作っていく。このワークショップに参加させていただいたご縁で、一人劇の鑑賞もさせていただいた。ドリンク配布のお手伝いをしながら、まちの小劇場での本番に居合わせることができたが、生の劇がもたらす没入感とインパクトには強く心を動かされた。実際、開演前の客席は、たとえ隣同士に座っていてもどこか他人のような空気が漂っていた。だが、生の劇が始まり、舞台と客席が向き合うと、小劇場ならではの距離の近さの中で、一人ひとりの観客と舞台との一体感が自然と生まれてくる。劇は、観客同士がその感覚を意識し合いながら進んでいった。終演後の語らいや表情には、同じ時間に、同じ感覚を共有したことから生まれる心の一体感のようなものがにじんでいた。その変化は、ドリンクを手渡した開演前の様子と、飲み終わったカップを回収する終演後の様子とのあいだに、はっきりと感じられた。

同じくコーヒータローさんの縁から、みなとみらいのコワーキングスペース「Chilink」を訪れ、スタッフの勢〆さんの紹介で北九州の「ATOMica」へと旅を広げた。ATOMicaは「誰もがいてよい場所」を目指すコワーキングスペースであり、小学生から社会人までが自由に活用していた。その思想は単なる空間提供にとどまらず、集まった人々の「想い」を軸にして他地域と人をつなげるハブとしての役割も担っていた。そこにも、はつひのでで感じた「外にあるリビング」の感覚が存在していた。みなとみらい、Chilinkでは何度か訪れるうちに「ブロックス」というボードゲームを行うのが恒例となり始めた。ボードゲームを介してchilinkの会員さんやそこに居合わせた方々とのコミュニケーションが生まれた。ブロックスを机の上に出し始めた私の様子を見て、集まる人々。人を呼ぶことができる力にコミュニケーションのハブとしてのボードゲームの重要性を感じた。

コワーキングスペースつながりで埼玉県小川町にある「NESTO」にも訪れた。代表の笠原さんは材木店の三代目でもあり、「儲け」よりも「自然さ」を重んじた新しい場づくりを行っていた。人が自らの手で自身の家具を作りながらつながり、語らう空間で、モノづくりのプロセスの中に関係性が育まれる場を画策していた。そこには、「共通の体験」こそが深いコミュニケーションを生むという確信があった。笠原さんの言葉、「こんなことしてたら全然儲からない!でも自然なことをしたい」が強く心に残った。

また、星天クレイにあるシェアハウス「ヤドレジ」のコミュニティマネージャー大越さんとも「朝タロー」で出会った。彼はヨガを通して人とのつながりをつくっている。公園などで偶然居合わせた方とヨガを通じて共に時を過ごすことを楽しんでいる大越さんは、「ヨガはあぐらをかき手を膝に置いて座るだけで、人と世界と繋がれる」と語っていた。私も大越さんのヨガを体験した。身体を動かし心を和ませながら、静かに周囲と一体感を感じることができた。同じ呼吸をし、生きる生き物として心を通わせるコミュニケーションの始まりを感じた。

朝タローの時間を通して、馬車道駅にあるdance base yokohamaでスタッフを務める神村さんに出会い、実際に足を運んだ。ここはダンサーの育成や稽古場としての機能を持つ一方で、一般の人が自由に出入りでき、稽古の様子を観られるという特徴がある。私が訪れた時は、10月に公演予定の作品のアイディア出しの身体動作を試す稽古中で、まだ曲や振り付け、コンセプトが決まっていない段階だった。出演予定のダンサーの身体や表現の特徴をその時間の中で見つけ、音源制作や舞台の細かな制作に繋げていくのだと教えてもらった。自由に稽古の様子を観ながら、食事や仕事をすることも可能なこの場は、私が知るダンススタジオとは異なり、その自由さに衝撃を受けた。

飯田橋にある日建設計による"共創の場" PYNTへの2度目の訪問では、偶然、前回同席していた5人のメンバーがまた集まり、テーブルを囲んで1時間ほど自由に話をした。初回はお互い「今、何を考えているか」を意見交換するような空気が強かったが、今回は少し違っていた。事前のメッセージ上のやりとりから、なんとなく「今日、みんなが来るかもしれない」という予感があり、それぞれが“会うために会いにきた”という感覚を持っていたように思う。お互いにその思いが伝わりあっていたのか、よりパーソナルで深い話が生まれた。自分のライフストーリーや今の自分が抱えている想い、未来への展望を語り合い、違う背景を持つ者同士が、同じ場所と時間を共有している不思議さと面白さを、改めて実感する時間となった。

PYNTで出会った東京都市大学の学部4年生、ことはちゃんとかほちゃんのお誘いで、尾山台駅近くにある「タタタハウス」へ向かった。ここは2階が彼女たちの研究室、東京都市大学坂倉研究室のゼミ室にもなっている。尾山台駅を出ると、日中は歩行者天国になる商店街通りが続いている。タタタハウスはその入り口付近にある。大きなガラス窓のある出入り口からは中の様子がよく見え、「まちのリビング」のような、誰でも足を運びやすく、入りたくなる雰囲気が漂っていた。尾山台という地域も、タタタハウスという場所も私にとっては初めてだったが、入った瞬間に「いらっしゃい!」と声をかけられ、心地よいお出迎えを受けた。2階の研究室は木の温もりを感じられる空間で、SFCのドコモハウスにも少し似ているように思えた。1階は洋品店とカフェ、そして休憩スペースを兼ねており、常に人で賑わっていた。新しいお客さんも、馴染みのお客さんも次々と現れ、赤ちゃんから学生、ご高齢の方まで、さまざまな方が訪れていた。ほんの一瞬だけ買い物に立ち寄る方もいれば、作業中のおじさん、おままごとに夢中な子どもたち、私のような大学生まで、それぞれの時間を過ごしていた。けん玉で遊んでいたママ友グループの様子を眺めていると、「やってみて!」とけん玉を手渡された。中学生のころにけん玉にハマっていた時期があり、少しだけコツを覚えていた。うまく成功させると、まるでヒーローのような扱いを受け、みなさんから「教えて~!」と声が上がった。そのまま30分ほど、けん玉教室がはじまった。

毎週月曜日の朝タローの様子もこの数ヶ月で少しずつ変化している。
6月23日の朝タローには、茨城土産の藁納豆を持参した。最近はコーヒータローさんが朝から白いご飯を炊いてくれるようになっていて、そのご飯に合うおかずをそれぞれが持ち寄る動きが、自然と広がっている。誰かが指示したたわけでもない。けれど、「誰かと過ごす朝」の時間を想像して、何かを手にして向かいたくなる。そんな関係性の気配が心地よく感じた。藁納豆を持って行ったことで、集まった方との距離が、物理的にも心理的にも近づいたような気がした。
6月30日の朝タローでは、アーティストのキム・ガウンさんと、鞄職人の増田さんと時間を共にした。増田さんと初めて会ったのは4月。そのときは「鞄職人で、本と工房オドリバをやっています。たまにガリバン教室も開いています」と自己紹介を受けた。それから3ヶ月間、何度か顔を合わせる中で、彼の中にある関心の新たな形が見えはじめていた。以前から「穴」に関心があると聞いていたが、この日、それがはっきりとしたかたちになって現れていた。彼は「僕は穴の人です」と、ごく自然に自己紹介をしながら、彼の得意な鞄作りやガリバン技術を生かし、皮で作られたショベルケースと “Hole is Human” とガリバン印刷されたTシャツを仕上げていた。増田さんとは数ヶ月前まで面識もなかったし、今でも関係性の説明は少し難しい。でも、彼が「穴」に出会い、惹かれ、それに向かって行動している流れを、私は自然に受け取ることができている。それがなんだか嬉しく、おもしろかった。
7月7日の朝タローでは、コーヒータローさんとフラグヨコハマのスタッフ、三浦さんと3人で過ごした。この日は旅のお土産を持参した。ふとした瞬間、「あ、お土産を持って行こう」と思えた自分に気がついた。その感覚の中に、関係性の進展や、深まりを感じた。お土産とは単なるプレゼントではなく、非日常のなかで日常を思い出させる、持ち帰り物なのかもしれない。そう思うと、毎週月曜日に通っている朝タローの時間は、私にとって「日常」として溶け込みつつあることを強く感じた。

 

「たびさほう」

これまでの私の取り組みは、まず現場に実際に足を運ぶことから始まっている。訪れた場所では、調査者としての構えをできるだけ手放し、ただその場に存在することを心がけてきた。そこでは無理に質問を投げかけたり、深く掘り下げて聞き出そうとしたりするのではなく、その時々の空気感や人とのやり取りに自然に身を委ね、内輪の一員のように関わることを大切にしてきた。そのため、録音や長時間の録画などのツールは用いず、その日の様子を写真と文章で記録する方法を選んでいる。写真は場の雰囲気やその場の時間を思い出すためのスナップ程度にとどめ、主な記録としては訪問後にまとめる文章が中心である。そこには、そこで交わされた会話や出会った人の印象、その時の自分の気持ちや場の空気感が含まれている。
この調査で集められているデータは、現場での経験に基づく文章や記録写真、そして出会った人たちとの会話や関わりの中で得られる印象や感覚である。いわゆる定量的なデータではなく、私が現場で感じたことを丁寧にすくいあげることを重視している。その理由は、私が関わっているフィールド自体が、効率や数値で測ることのできないつながりや偶発性を重視する場であり、そこでの経験をどう記述し、どのように解釈するかが重要だからである。
フィールドは特定の一箇所に固定されたものではなく、複数の場にまたがっている。朝タローやchilink、タタタハウス、WHARFといった、人や活動がゆるやかに交わり、つながりが生まれていく場を中心としている。また、ダンスやヨガを通じた活動をきっかけに人との関係を生み出す人々とも出会ってきた。私は、これらの場にあらかじめ外部の調査者としてではなく、ひとりの参加者として関わり、そこに存在することを受け入れられながら過ごしている。その意味で私は「調査者でありながら当事者でもある」という二重の立場であり、場の中に自然にいることそのものを調査の出発点としている。
分析の方法は、訪れた各場を文章に収められた私の感覚を中心に相対的に見比べながら、そこでどのような会話が生まれているのか、なぜ人と人との距離が自然に縮まっていくのかといった点に注目しながら行う。
特に、食事や何かを共にする時間が持つ力の大きさから、”共有すること”自体が関係をつくりだす要因になっていることを感じている。また、私が訪れた場はそれぞれ独立しているように見えて、どこかでつながっているという実感が生まれた。個々に異なる活動や価値観を持っているはずなのに、根底に流れる思想や目指している方向性がどこか似ており、ゆるやかに重なり合っているように感じられる。そのこと自体が非常に面白く、社会の大きなシステムとは違う価値観がどのようにそれぞれの人生の中で軸となっていき、共有され、つながりをつくり出しているのかを考えるきっかけとなった。

今後の計画としては、まだ足を運べていない場所がいくつかあるため、まずはそこに訪れることを続けていきたい。また、これまでの出会いや経験を改めて振り返り、どのような関わり方が会話を生み、距離を縮めているのかについて、より深く考察していく予定である。そして春学期の経験から得た気づきや面白さを踏まえ、今度は自分自身が会話や関係のきっかけを提供する側として場をつくる実践にも挑戦したいと考えている。そうすることで、これまで観察する側として得てきた知見を、自らが関係を生み出す主体として確かめ、さらに広げていくことができるのではないかと思っている。

きっかけのデザイン

(2025年8月7日)この文章は、2025年度春学期「卒プロ1」の成果報告として提出されたものです。体裁を整える目的で一部修正しましたが、本文は提出されたまま掲載しています。

松尾 佳歩|Kaho Matsuo

はじめに

人は、いつ、どのようなときに意志を持って自らの行動を変えようと思うのだろうか。何かを始める、辞める、続ける、...という意思決定の背景には複雑な要因があると考えられるが、私はその中でも「他者との関わり」が人の行動変容にどのように影響するのかに強い関心を持っている。
この関心の出発点は、大学2年次に履修していた「リーダーシップのためのコーチング」という科目での経験にある。授業では、コーチングを「自発的行動を促進し、目標達成を支援するコミュニケーション」と定義し、実践を通してそのスキルを学んだ。そのなかで特に印象に残ったのは、「アドバイスをしたとしても、コーチィ(コーチの支援を受けながら自らの目標達成に向けて行動する主体者)自身が納得しなければ行動変容にはつながらない」という学びである。これは、他者がどれだけ善意をもって助言しても、それが本人の内的動機に結びつかない限り、実際の行動には反映されにくいという事実を意味している。だからこそ、コーチ(コーチィの内面にある答えを引き出すためのサポート役)には良質な問いによって相手の気づきを促し、内省を深めることが求められる。この学びを通じて、私は「アドバイス」ではない形で人が変わるきっかけに興味を持つようになった。特に、日常の何気ない会話の中に、行動を変えるほどの本音が見える話が始まる瞬間があると感じており、好奇心を抱いている。本音が見える話とは、表面的な情報交換ではなく、相手の価値観や人生観に触れるような会話であり、自己理解や関係性の再構築を促すような力を持つと考えている。
これまで大学生になって始めた中高生向けの進路支援イベントや、イタリア留学中の日常の何気ない会話の中でも、ある一言やある瞬間が人の決断に影響する場面に立ち会ってきた。そのたびに、単なる情報提供やアドバイスではなく、本音が語られている空気感や心が動く瞬間のようなものが作用していた感覚があった。これらの経験と学びを踏まえて、私の卒業プロジェクトでは「自分を見つめ直す時間と深い対話の場をどのようにデザインすれば、人は行動へと踏み出すことができるのか」という問いに対して探求していきたいと考えている。

 

卒業プロジェクト1の活動

卒業プロジェクト1の期間である2025年4月から7月において、主な活動としては「2024年9月から開始したイタリア留学中の旅行やアペリティーボについて写真や日記をもとにふりかえり、記述する」「月に一度、卒業プロジェクトに関する文章を1600文字程度で書き、自分の研究テーマについてさまざまな視点から考える」の2点であった。月ごとに記述した文章(加筆・修正あり)をもとに、研究テーマと研究活動について再考していきたいと思う。

・4月:「きっかけ」の後押し
旅行中に友人と深い話をする中で、彼女自身が海外インターンへの挑戦を決意する「きっかけ」を提供できた経験から、私は「なぜ人は心の奥底の想いを行動に移せないのか?」「行動のきっかけを自分が後押しできるのか?」という問いを持つようになった。この問いの背景には、私がこれまで地方の中高生の進路選択に課題意識を持ち教育について学ぶ中で出会った「自己効力感」という概念がある。カナダの心理学者バンデューラによれば、「自己効力感」とは自らの能力を信じ、「自分にはできる」と感じる力のことである。彼は自己効力感を高める要因として「遂行行動の達成」「代理的経験」「言語的説得」「情動的喚起」の4つを挙げている。中でも後者の3つは、他者との関わりや外部からの刺激を通じて高められる可能性がある。つまり、意図的に『きっかけ』を設計することで、人の行動変容を促すことができるのではないかと推測する。


私が重要だと考える『きっかけ』は大きく2つある。ひとつは、日常から離れる留学や旅など非日常の体験。もうひとつは、人との関係性を深める食を媒介とした空間、すなわちアペリティーボや手料理をふるまう食事の場面である。現代の大学生や若者は、常に忙しさや目の前のタスクに追われており、「立ち止まって自分の気持ちや価値観を見つめ直す時間」が極端に少ない。加えて、人と深い話をする機会も限られ、心の奥にある想いや葛藤を言葉にすることも難しくなっている。こうした問題意識は、イタリア留学中でアペリティーボや手料理を振る舞うことで自然に深い話が生まれた経験や、留学中に出会った「マイクロリタイア」という考え方に触れて心のゆとりの大切さを実感したこと、そして深い対話の後に得られる満たされた感覚が自分にとってかけがえのないものであることが背景にある。今後は「マイクロリタイア的な空間での対話の場」や「食を媒介とした深い対話の場」などの場が持つ重要性に着目し、自分のフィールドについて模索していきたいと思う。

・5月:「できそう!」と思える瞬間
「行動を起こすきっかけとは何か」という問いをさらに掘り下げる中で、私自身が「行動を起こせなかった過去」を振り返る必要性を感じるようになった。
鹿児島県出身の私は、地元の高校の国公立志向や、通っていた塾に志望大学の合格実績がなかったことから、受験を一人で進め、現役では不合格となった。より良い教育環境を求めて上京し、予備校に通う中で、地方と都市部の教育格差を痛感した。特に、印象的だったのは、夏休みの模試後の面談で志望校が変わったことだ。それまで早慶は視野に入っていなかったが、メンターの問いかけと、合格実績やノウハウに関する説得力のある話を聞く中で、「自分も目指してみよう」と思えたのだ。この経験から、進路選択における地方格差、特に「情報量」と「文化的背景」が、無意識に可能性を狭めていると感じた。この状態を「進路選択の自分ごと化」ができていない状態と捉えている。自分の進路にもかかわらず、周りの環境や価値観に影響され、視野が狭まってしまう状態のことだ。ここから脱却するためには、自分のことをよく知った上で「こういうふうに行動できそうだ」と前向きに予感することが大切だと考える。後に知った心理学者バンデューラの「自己効力感」という概念は、その経験を言語化する手がかりとなった。
私の進路選択の経験を振り返ると、以下のステップで自己効力感が高まったことがわかる。

  1. 選択肢の発見: メンターとの対話により、視野になかった早慶が選択肢として見えるようになった。
  2. 確信の獲得: 模試の成績や予備校の合格事例(代理的経験)が、説得力のある言葉(言語的説得)とともに提示され、「自分もできるかも」と思えた。
  3. 目標設定と行動: 新たな第一志望が見つかり、合格に向けて努力を開始した。

この経験は、自己効力感を高める要因(遂行行動の達成、言語的説得、代理的経験)が複合的に働くことで、「自分もできる」という確信が生まれ、行動につながることを示していると考える。

このような原体験をもとに自分の言語化できていなかった概念として出会った「自己効力感」というキーワードを大切にしつつ、これを高めるための他の要素がないか考察を続けていくつもりである。

・6月:アペリティーボで心をひらく
私は、人々の行動を促す「きっかけ」として、「食」を媒介とした対話の場に着目している。特に、イタリアの「アペリティーボ」という文化に興味を抱き、そのデザインについて考察する。
まず、「アペリティーボ」とは何かを明確にするために、日本の「立ち飲み」と比較しながら、自分なりの定義をしたい。アペリティーボはイタリアの北部にある美食のまちトリノで始まった。ラテン語の「aperire(開く)」が語源となっており、現代では食前酒と共に軽食を楽しみ、人々がおしゃべりをする社交の場を指す。レストラン、バール(カフェ)、自宅だけでなく、川のほとりや公園のベンチなど場所の定義はなく、その日のアペリティーボをするために心地よい場所が会場となる。多くの場合、どこで行うとしても参加している人同士の目線の高さや座る位置はバラバラで、その適当さが心地よさにつながる。そして、その会話は、その日の出来事からこれまでの過去の話、人生観や将来の夢といった深い話題まで幅広い。これは、日中の忙しさから解放され、心にゆとりがある時間帯(体感として13〜26時と幅広い)であること、食が提供されることで心理的な障壁が低くなることが要因と考えられる。一方、日本の立ち飲みは、仕事帰りに気軽に立ち寄り短時間で一杯を楽しむ文化というイメージが強い。私のこれまでの体験を振り返ると、目的は「飲むこと」や「手軽に済ませること」に重点が置かれ、会話も比較的一時的なものになりがちだと感じる。空間はカウンター形式で、隣の人と同じ環境で会話をしていることが傾向として挙げられる。この違いとして、「対話の深さ」があると考える。つまり、アペリティーボとは、心地よい空間とゆるやかな関係性の中で、食と対話を媒介に相手との距離を縮め、深い自己開示や共鳴を自然に引き出す、「心をひらくための時間」として定義できる。
実際に、友人と行ったアペリティーボでは、授業の前後の短い会話では知り得なかった彼女の価値観や夢を知ることができた。彼女の意思決定の軸を知ったことで彼女に対する自分の解像度が上がった。周りが賑やかな中でも、視線が合い続けるわけでも、常に会話が盛り上がるわけでもない自然な雰囲気の中で、時には互いの存在も時間も場所も忘れるほど一つの話題に没頭し、ふたりだけの世界が広がり共鳴し合う感覚を得た。本音で話し、「きっかけ」を後押しできるエネルギーと、そのエネルギーに触発されて自ら動き始めようとするエネルギーが生まれたと感じた。相手と自分の共感できる類似体験や相手の意思決定の核になっているものを知ることで関係性が深まり、深い対話の場につながっていくのではないかと考える。この経験から、アペリティーボという場は、相手との類似体験や意思決定の核となる部分を知ることで関係性が深まり、深い対話につながると考えている。

・7月:ひらいた2人で少しずつ近づく
留学中に出会ったYさんとの関係が、アペリティーボを重ねるなかで深まっていった。初対面の頃は表面的な話が中心だったが、10ヶ月の期間を通じて徐々に彼女の本音が垣間見えるようになっていった。Yさんとの出会いは、友人の誕生日パーティーだった。20分ほどの立ち話で、住んでいるエリアや専攻など表面的な会話に終わった。しかし、十分に話せなかった心残りから、翌週の私の誕生日パーティーに彼女を招待した。当日、彼女は参加できなかったが、「準備を手伝いたい」と申し出てくれた。30人分の料理を一緒に作る中で、自然と会話が深まり、前回は聞けなかった内面に触れることができた。料理という共同作業を通じてタイミングや感覚を共有できたことが、会話の深さにつながった。 その後、3ヶ月ほど会わない時期が続いたが、再会はイタリア北部とモナコへの旅だった。地域の食文化を巡る旅の道中、電車内や宿での会話では、「イタリアで英語を使うことの脆さ」や「イタリア語学習における自分なりの工夫」など、より深いテーマが自然と上がった。彼女の言葉に共感しつつ、自分とは異なる視点や考え方を受け取ることで、自身の行動や意思決定にも影響が及んだ。
アペリティーボのような空間では、無理に会話を続けようとする必要がなく、沈黙も自然に受け入れられる。飲み物を選んだり、料理を味わったりする時間が「沈黙の理由」となり、言葉がなくても安心して過ごせる時間が成立する。このような余白があるからこそ、会話に過度な緊張感が生まれず、話したいことを自分のタイミングで話すことができるのだ。また、相手の反応が肯定的であったり、過去の会話を覚えてくれていたりすることが、「この人になら話しても大丈夫だ」という安心感につながる。Yさんとの対話を通して、自分の考えが整理されたり、言葉にすることで内面に気づきを得たりする場面が何度もあった。そのような対話は、単なる会話にとどまらず、「行動へ移すエネルギー」を生み出すプロセスとしても機能すると考えている。
Yさんとの関係性は、一度の対話で急速に深まったわけではない。むしろ、回数を重ねる中で信頼が築かれ、それに伴って話の深さも変化していった。このプロセスを通じて、「深い対話」の背景には、安心して話せる関係性の蓄積があること、そしてその関係性を育てる場としてアペリティーボのような余白を含む空間が有効であるということを実感した。

・卒業プロジェクト1からの仮説
本稿で取り上げた4〜7月の実践を通じて導かれる仮説は、「人が行動に踏み出すためのきっかけは、安心感と余白を備えた関係性と場の中で生まれる」というものである。まず、場の設計においては、心理的に安全であることが不可欠である。否定される心配がなく、自分の思いや考えを自由に話せる空気があることで、心をひらいた状態で会話ができるようになる。また、沈黙を無理に埋める必要がない「余白」があることも重要だ。たとえば、食事や飲み物、風景といった身体感覚を共有できる要素があることで、無言の時間も心地よく過ごせ、無理なく自然に話題が深まっていく。さらに、日常から少し離れた「非日常性」を持つ空間、つまり旅先やアペリティーボのような切り替えのきっかけがある場は、自分自身と向き合う感覚を後押ししてくれる。一方で、関係性の土壌も深い対話には欠かせない。相手の言葉や変化を記憶し、関心を持って関わり続けることは、「この人は自分をちゃんと見てくれている」という信頼を生む。そうした信頼は、上下のない対等な関係性の中でこそ育ちやすく、「教える/教わる」といった固定的な構図を超えた共創的な対話を可能にする。また、深い関係性は一度の会話で築かれるものではなく、何度も重ねたやりとりの中で少しずつ育っていくものである。そのような継続的な関係性の中では、「今すぐ答えを出さなくていい」という余裕も生まれ、自分の内面と向き合う時間が自然に確保される。このように、深い対話を生み出すためには、成果を急がず、相手が安心して「揺れること」ができるような環境と関係性を、丁寧に育てる姿勢が大切なのではないかと考える。

・振り返りを通じて
 4月から7月にかけての文章作成を通じて、私の問いはより具体的に、かつ幅広く展開してきた。当初は「人が行動を変える『きっかけ』」に関心を寄せていたが、実践・考察の中で「深い対話とは何か」「どのような場がその対話を可能にするのか」「変化とは一瞬ではなく蓄積の結果ではないだろうか」と次々と問いが浮かび上がってきた。これらの問いを持ちながら、フィールドワークを続けていく中で、前後を含むフィールドで起こったことについて丁寧に目を向けてそのプロセスと影響を写真・フィールドノートへの記録・深い話ができた人へのインタビューなど様々な質的なデータを集め、それらをもとに分析していきたい。
卒業プロジェクト1に取り組むにあたって、「構成的フィールドワーク」というものが何かわからずにただひたすら自分の興味に従って問いを持ち、考察を進めてきた。しかし、「『構成的フィールドワークに向けて』という論考」を読み、自分が行ってきた活動のフィールドの認識やフィールドへの向き合い方の曖昧さが課題であり不十分であると感じた。夏季休暇を利用し、これまでのフィールドだと思っていたものやそこへの関わり方などについてもう一度考え直し、「構成的フィールドワーク」だと自信を持って言えるような状況にしていきたい。

 

卒業プロジェクト2に向けて

以下の視点をもとに、卒業プロジェクト2では、これまでの経験を土台にしながら、より対象を絞った深い観察と分析を行い、「きっかけのデザイン」に関する独自の知見を育てていくことを目指していきたいと思う。

・フィールドを捉え直す
一番はじめにすべきことは、フィールドワークの設計を改めて見つめ直すことである。現在の状況としては、フィールド(内部メンバーとして参加者の立場、ときどき主催者という権限付きの立場のときもある)としてイタリア・ヴェネチアのバール、自宅、旅行中の移動の交通機関・ホテル・レストランなど、地理的な側面からのみ捉えている。今後は、自分のフィールドだと思えるものが地理的な条件以外に何が挙げられるのかを考え、他の側面の条件(たとえば「対等な関係性があるか」「ゆるやかな時間の流れがあるか」「目的が過剰でないか」など)を追加することで、研究の対象を絞り、ひとつのリサーチクエスチョンが継続的に成り立っている状態を目指したい。

・分析の方法を具体化する
分析の方法が明確でないことも課題である。卒業プロジェクト1では記述的に現象を捉えることが中心であったが、今後は観察や記録から得られる情報をもとに、対話のプロセスや参加者の変容に関する共通点やパターンを抽出していく必要がある。そのために、出来事の記録だけではなく、「行動変容の兆し」や「自己効力感の変化」がどこで生じているのかに着目した視点で読み解くフレームワークをつくる必要があると考える。また、継続的な観察対象を設定することで、対話による内面や行動の変化を中長期的に追っていきたい。

・記述・記録のフォーマットを整備する
会話や場の観察から得た気づきを、どのように記述・記録するかも重要である。現在は日記やレポート形式が中心であるが、今後は対話の断片、表情、沈黙、場所の雰囲気など、非言語の要素を含めて記録できるフォーマットを模索する。写真、図解、関係性マップ、タイムラインなど、複数の方法を組み合わせながら、主観と客観のあいだを行き来できるような記録手法を試みたい。

・リサーチクエスチョンの決定
卒業プロジェクト1では、「深い対話が行動変容を促す」「本音が語られる場には共通点がある」といった問いが浮かび上がってきた。卒業プロジェクト2では、これらをもう一段階抽象化・定式化したリサーチクエスチョンを設定し、検証可能な形に落とし込む必要があると感じている。

・アウトプットの形を構想する
最終的な成果物の形を早い段階から意識することで、観察や記録の際に必要な情報や構成の方針も見えてくる。今後、自分の関心や伝えたいメッセージに最適な表現方法を探り、場づくりと記録がつながる実践としてアウトプットの方向性も具体化していきたい。

 

参考文献・資料
  • バンデューラ,A.(1997)『自己効力感――行動変容の社会的認知理論』金子書房
  • 山本幸生(2010)『高校生のキャリア教育プログラムの開発と実践に関する研究』
  • 加藤文俊(2025)『構成的フィールドワークに向けて』

おすそわけを通して紡がれる関係

(2025年8月7日)この文章は、2025年度春学期「卒プロ1」の成果報告として提出されたものです。体裁を整える目的で一部修正しましたが、本文は提出されたまま掲載しています。

蓮見 まどか|Madoka Hasumi

はじめに

このプロジェクトは、祖母(以下、「ばあちゃん」)が日常的に行っている「おすそわけ」を手がかりに、人と人とのあいだに生まれるやりとりやコミュニケーションを観察し、記録していくものである。私自身、このプロジェクトを始めるにあたり、日常の中にあるささやかな風景や出来事に目を向けることで、普段は見過ごしてしまいそうな豊かさに気づきたいと考えた。これは、大学3年生になって就職活動を始めた私が、自分の価値や役割について否応なく問われる日々を経験していたからだ。企業から求められる人物像。自分はどんな力を持っていて、どのような立場なら「必要とされる人間」になれるのか。そんなことばかりを考えていた。エントリーシートを書くたびに、自分という存在をラベルや実績で説明しようとする焦りと向き合い、どこかで本当の自分を手放していくような感覚さえあった。
そんなある日、久しぶりに訪れた大阪のばあちゃん家で、私は思いがけず、少しずつ生きる活力のようなものを取り戻していった。今年の4月、地域のボランティア活動に参加しているばあちゃんから「春まつり」の手伝いに誘われ、スタッフとして桜の下で抹茶を点てることになった。
拙いながらも着物の着付けをしてお点前をしていると、近所の人たちはにこやかに声をかけ、「先生」とまで呼んでくれた。たとえ素人であっても、その場にいる一人として受け入れられ、何者でもない私が誰かに喜んでもらえていると感じられたとき、心から救われた。この地域には、お花の先生、ピアノの先生、オカリナの先生など、多くの「先生」と呼ばれる人たちがいる。それは、資格や職業としての肩書きというよりは、互いに敬意をもって呼び合う、やわらかな敬称のようなものだった。年齢や上下関係にとらわれず、相互の信頼のなかで生まれる「先生」という関係性。その心地よい距離感のなかで、私は自分が点てた抹茶を嬉しそうに飲んでくれる人々の笑顔に胸を打たれた。ここには、能力や実績で測られる世界とは別の価値観がある。肩書きではなく、人と人の間に流れる信頼や時間の積み重ねの方が重視されているようだった。
また、ばあちゃん家は地域の人が気軽に出入りする開かれた場所でもある。誰かが玄関に訪れ、少し雑談を交わした後におすそわけを手渡して帰っていく。そのような関係性が、私にとっては非常に人間らしい営みのように感じられた。ひとり暮らしで地域やご近所との関わりが希薄なこともあり、このおすそわけのやり取りが新鮮に映ったのかもしれない。
現代社会では、個人主義的な価値観や資本主義の論理が強く支配しているように感じる。人との関わりも、「それが自分にとって得か損か」「時間や労力に見合うかどうか」といった基準で選び取られる場面が少なくない。けれど、ばあちゃんの周囲にあるやりとりは、そういった損得勘定とは少し違う軸で動いているように思えた。分け合うこと、与えること、思い出すこと、待つこと。そうしたふるまいの中に、どこか懐かしいけれど新鮮な気づきがあった。
この経験を通じて私は、資本主義的な軸と、それとは異なるもう一つの軸とのあいだを行き来するような暮らし方を考えるようになった。どちらが正しいと断言することはできない。むしろ、その2つのあいだのグラデーションのなかで、バランスを取りながら生きていくこと。それが、卒業後も私が自分自身に問い続けていくであろう、大切なテーマだと感じている。

 

玄関からみるおすそわけ

大阪のばあちゃん家には、今年の4月から毎月、1週間ほど滞在することを続けている。私にとっては第2の実家のような場所だが、観察対象として向き合ってみると、そこにはこれまで見過ごしてきた無数のやりとりがあった。
このプロジェクトの観察の出発点として選んだのが「玄関」である。ばあちゃん家の玄関は、内と外をつなぐ土間のような空間であると同時に、人と人との関係性を紡ぎ、繋ぎとめる場所でもある。地域の人々は、あいさつの延長のようにこの玄関に立ち寄り、何かを渡し、何かを置き、あるいは立ち話をして去っていく。
ばあちゃんの家の玄関には、さまざまな形のコミュニケーションがとれるように椅子と机が置かれている。そのため、ちょっと腰かけて話をしたり、書類を広げて簡単なミーティングをすることもできる。玄関というより、半分は縁側、もう半分は居間のような使われ方をしているように感じる。さらに、玄関の机の上にはメモ帳が常備されており、ばあちゃんが不在のときには、そこに伝言を書き、おすそわけをそっと置いて帰っていく人もいる。

【図1:玄関の様子】

この場を中心に観察したいが、四六時中玄関に張りついて観察することは現実的ではない。私自身がそこに居続けることで、自然なふるまいを妨げてしまう恐れもある。そこで私は、玄関の隅に小型の見守りカメラを設置することにした。無機質なカメラをただ設置するのではなく少し親しみも加えて、この家の空気に溶け込むような存在になってほしかった。ばあちゃんの家にあったギンガムチェックのペーパーナプキンでカチューシャをつくり、同じ柄でスカートのようなものを巻きつけて着せてみた。
私はこのカメラに「まもるちゃん」と名付けた。これから長い時間を共に過ごすであろう、私の小さな相棒である。

【図2:まもるちゃん】

まもるちゃんは、玄関を一定の角度からじっと見守り続ける。動きがあったときにだけ自動で録画を始め、夜になると暗視モードに切り替わる機能もついている。映像はスマートフォンで確認できるため、東京にいる間でも、ばあちゃんの玄関の出来事をリアルタイムで見ることができるようになった。玄関は、これまで月一でしか観察できなかった場であったが、まもるちゃんの導入によって、いつでもどこでもアクセス可能になった。私は、録画された映像の中から気になった場面を選び出し、静止画として切り取っていく。その数は、すでに数百枚にのぼっている。加えて、6月からは新たな記録方法も試みている。映画『Smoke』に登場する人物が、毎朝同じ時間に同じ街角の写真を撮り続け、アルバムに収めていくというシーンにヒントを得て、私も毎朝9時にばあちゃんの家の玄関を、スマートフォンで1枚ずつ撮影することにした。同じ場所、同じ時間帯のはずなのに、光の入り方や影の落ち方、置かれているものや戸の開き方が少しずつ異なり、毎回新しい発見がある。
撮りためた写真は、約1か月ごとに現像してアルバムに収めていく。この作業は記録だけではなく、「見る」ことへの感度を養う訓練のようでもある。データから紙媒体として印刷された写真をめくることで、デジタルでは感じられない手触りと時間の流れを感じることができる。半年後には、何百枚もの写真が収められた分厚いアルバムが完成する予定だ。

【図3:アルバム】

こうして並べた写真を眺めていると、玄関という空間が常に変化していることにあらためて気づかされる。たとえば、夏になると蚊取り線香や虫除けスプレーが置かれ、家庭菜園で収穫されたばかりのゴーヤやキュウリが写真に写る頻度も次第に増えてきた。ばあちゃん家のベランダに植えられたゴーヤのつるは、あっという間に2階から4階まで這い上がった。7月からは毎日ゴーヤが採れるようになり、収穫したその日のうちにご近所へ配られている。毎年恒例となっており、ばあちゃんの野菜を心待ちにしている人も多い。また、玄関でのふるまいにも、訪れる人の距離感や関係性が滲み出る。引き戸をほんの少しだけ開けて立ち話をする人もいれば、戸をすべて開けて、玄関の縁側に座り込んでじっくり話し込む人もいる。その立ち位置、腰のかけ方などから、ばあちゃんとの関係性が伝わってくる。おすそわけの渡し方にもバリエーションがある。その場で一緒に味見をすることもあれば、お皿ごと渡して後で返却されることもある。7月になると、お中元の時期を迎え、包み紙やリボンがついた箱入りの品が玄関に現れるようになった。いつもの素朴なおすそわけとは少し異なる、よそいきのやりとりがあった。季節のうつろいとともに、玄関の風景もまた変わっていくのだ。

 

ばあちゃんについていく

関の観察と並行して、私はもうひとつ大切なアプローチとして「ばあちゃんについていく」ことを意識するようになった。ばあちゃんが日々関わっている地域ボランティアの現場に同行し、行動を共にすることで、より立体的に「おすそわけ」の世界を捉えたいと考えたからだ。
これまで私は、ばあちゃんが長年ボランティアを続けていることを、なんとなくは知っていた。けれど、それはあくまで年末年始や夏休みに顔を合わせたときに聞く話でしかなかった。ばあちゃんがどんな場所で、どんな人たちと、どんなふうに関わっているのか。具体的なイメージはまったく持てていなかった。
そんな中、4月の春まつりで、ばあちゃんが大勢の人と軽やかにコミュニケーションを取り、生き生きと現場をまわしている姿を見たとき、私は軽い衝撃を受けた。自分はばあちゃんのことを、実は何も知らなかったのではないか。普段の玄関での少人数のおしゃべりからは想像できなかったが、ばあちゃんは地域の中で頼りにされ、あちこち動き回っていた。
ばあちゃんが関わっているボランティア活動は、大きく分けて3つある。町会活動、老人ホームでのボランティア、食育支援活動である。そのすべてにばあちゃんは積極的に参加しており、しかも多くの場合、運営の中心に近い立場で動いている。町会の活動ひとつ取っても、月に1度のモーニング喫茶の運営、年4回ある季節のお祭りの準備、公園の花壇の水やり、会費の徴収、定例会議への参加など、多岐にわたっている。それに加えて、老人ホームでは南京玉すだれやマジックを披露し、食育ボランティアでは地域の学校に出向いて食育教育を行っている。まだまだ把握できていない業務もあるはずだ。
ある日、公園の花壇に花の苗を植える作業を一緒にしたことがある。かがんでの作業はなかなかの重労働だったが、植え終えた頃には自然と花壇に愛着が湧いていた。ばあちゃんは近くの工事現場で不要になった木の端材を分けてもらい、それを家に持ち帰った。ノコギリで切り、マジックペンで一つひとつ花の名前を書いたら、即興的にネームプレートが完成した。ばあちゃんの体力と行動力は、想像以上だった。

【図4:花壇の様子】

私は今、「ばあちゃんの孫」という立場を活かして、ごく自然なかたちでその場に立ち会わせてもらっている。ボランティアごとに用意されたTシャツを着ると、見た目にも仲間の一員として馴染むことができる。これまで外からは見えていなかったばあちゃんのもう一つの顔が、少しずつ見えるようになってきた。こうした現場に同行することで、私は玄関だけを観察していたときには見えてこなかったつながりの輪郭を、より解像度高く捉えることができるようになった。たとえば、老人ホームで共に活動していたメンバーや、モーニング喫茶で知り合った方が、お菓子のおすそわけをしに訪れる場面を目にした。ボランティア活動とおすそわけは決して別々の出来事ではなく、日常のなかで自然に連続している営みだったのだ。
玄関だけでなく、当然ほかの家庭でもおすそわけは行われている。ある日、ボランティアメンバーのご自宅を訪ねたとき、高級な生卵をおすそわけしてくれた。ばあちゃんはそれに対して、ちょうど買ってきたばかりの551の豚まんを手渡していた。義務ではないけれど、何かをもらったら何かを返す。その返しが即座であっても、少し時間が空いていても、それは等価交換というよりも、関係を続けるためのやりとりのように見えた。
さらに、玄関という空間そのものが、地域ボランティアと深く結びついていることにも気づかされた。祭りの前日には、イベントで使用する道具や備品が玄関に山のように積み上げられる。紙皿、飾り、椅子や机など、必要なものは大抵ばあちゃんの家に保管されており、それらが出し入れされるたびに、玄関の風景が目まぐるしく変わる。ばあちゃん家の椅子を数えてみると54脚あるのだから驚きだ。一見すると、ものが多くて雑然としているようにも見えるが、ばあちゃんにとってはどれも「いつか誰かの役に立つもの」なのだ。実際、春まつりのときには、家の奥に眠っていた30年前のお茶碗がふたたび日の目を見て、抹茶席で大活躍していた。「何にも無駄になってない。」それがばあちゃんの口癖だ。
私はこれまで、おすそわけはばあちゃん家の中で起きることだと思っていたが、実際にばあちゃんについて外に出てみると、それはあくまで地域で行われているコミュニケーションの一部にすぎないのだと実感するようになった。人と人との関係を繋ぎとめる小さな回路としてのおすそわけは、私が想像していた以上に広がりをもっていた。

 

これから

「おすそわけ」という行為は、モノのやり取りにとどまらず、人と人とのあいだにある目に見えない関係性や、信頼の積み重ねを表しているように思う。ばあちゃんのふるまいを見ていると、それは一方的な善意や「いいことをしている」という意識から生まれるものではないような気がしている。より日常的かつ素朴で、ばあちゃんにとってはあたりまえの他者との関係を維持するためのやりとりであるように感じる。ボランティア活動もまた、その延長線上にあるように見えてきた。誰かに必要とされること、誰かのために動くこと、それらは決して見返りを求めるものではなく、ただ今自分ができることをするという感覚に近いのかもしれない。見返りのない行為のなかに、なにかおすそわけ的な精神が宿っているのではないだろうか。
私は今、まもるちゃんによるオンライン定点観察と、ばあちゃんとの日常の対面観察という二つの方法を行き来しながら、おすそわけを観察している。どちらも一長一短があるが、それぞれの視点を補い合うことで、より立体的にこの空間のありようを記録できるようになってきたと感じる。
先日、アルバムに収めた玄関の写真をばあちゃんに見せてみると、「自分の玄関がこんなふうに見えていたなんて」と目を丸くして驚いていた。しばらくして、ばあちゃんがシャーベットを食べながら「このシャーベット、どうやってもらったっけ?」と首をかしげた。私たちはアルバムを一緒にめくり、記憶の手がかりを探すと、一枚の写真に隣家の方が玄関の机にシャーベットの箱を置いている姿が写っていた。その一枚が、ばあちゃんの記憶を改めて呼び起こし、数日前の出来事が急に鮮明に蘇ったようだった。記録を第三者に見せるだけでなく、写真に写っているばあちゃん本人と共有することの面白さと意義を改めて感じた。
また、アルバムを眺めていると、ばあちゃんは縁側のように玄関を使い、来客と腰をかけて話すことがあると気づいた。なぜ立ち話だけでなく、腰を据えて話すのか尋ねてみると、玄関が1段高くなっているため、片方だけが上から話すとどうしても物理的に上から目線になり、少し気後れしてしまうという。だからこそ、同じ目線で話すことで気持ちも自然と通いやすくなるのだそうだ。そんな配慮をしているのが、ばあちゃんらしいなと感じた。このアルバムの活用方法には、まだまだ可能性がありそうだ。
観察を続けるなかで、私は自分がどんな写真に惹かれるのか、なぜその一枚を選ぶのかといった選び方の癖に気づくようになってきた。それは、自分の関心や視点の偏りが表れている。ばあちゃんと過ごす時間が増えるほどに、私の「見る目」も少しずつ変化しているのを感じる。今後は、写真を撮るだけでなく、「どのように見るか」「誰と見るか」をより意識していきたい。同じ写真を今日見て感じたことと、3か月後に見返したときに感じることは、きっと違うだろう。同じ光景に対する印象や、目に留まる要素は、自分自身の変化によって変わっていく。だからこそ、この記録は一度きりのものではなく、時間をかけて繰り返し立ち返るためにも、継続して残していくべきだと考えている。玄関という場には、日々の暮らしの変化や地域の中で交わされる小さなやりとり、季節のうつろい、そして人と人との関わりが、折り重なるように存在している。そうした営みを丹念に記録し、丁寧に言葉にしていくことによって、ばあちゃんの生き方を知るだけでなく、私自身のこれからの生き方を見つめ直すヒントが得られるような気がしている。
また、「誰の視点で見るか」という部分も大切だと感じている。以前、祖母は喪服を着て近所の方の葬儀へ出かけたことがある。その方が数週間前に贈ってくれた花は、まだ玄関に飾られていたが、ゆっくりと色褪せ、しおれ始めていた。祖母はその花をひとつひとつ丁寧に片づけた。花があった場所にできた小さな空白が印象に残り、玄関の空気がほんの少し変わったように感じられた。こうした空間から受け取る感情は、まもるちゃんの視点だけではすくい取れないものもあることに気づいた。
まもるちゃんの視点、ばあちゃんの視点、そして私自身の視点──この3つのまなざしを通して玄関を見つめ、このプロジェクトを通じて、観察と記録をさらに深めていきたい。そして、このおすそわけをめぐるプロジェクトが、いずれは私にとって、日々の暮らしの中にある豊かさや、人間という生き物としての在り方に立ち返るための、ひとつの羅針盤となるのではないかと感じている。

 

参考文献
  • 青木真兵(2024)『武器としての土着思考:僕たちが「資本の原理」から逃れて「移住との格闘」に希望を見出した理由』東洋経済新報社
  • Wayne Wang.(1995)『Smoke』Miramax, LLC.KADOKAWA HERALD PICTURES, INC.