香港へ
師匠は「考えるな、感じろ」と言う。やや粗削りであっても、やはり現場で五感を研ぎ澄ますことは大切だ。
ぼくたちは、「キャンプ」と呼んでいるフィールドワーク(+ワークショップ)をおこないながら、日本各地のまちを巡っている。2012年3月に「ヘルシンキキャンプ」を実施したが、すでにあれから3年。海外での「キャンプ」は、これが2度目になる。今回は「特別研究プロジェクトB:コミュニティリサーチのデザインと実践」の一環で、香港に来ている。いま修士課程に在籍しているジョイス(香港出身)のおかげで、企画から実現まで、とてもスムースに調整がすすんだ(ほぼ「お任せ」状態だった…)。プログラムのコーディネートはもちろんのことだが、香港のまちで、解読不能な看板やメニューで困惑することなく、ちょっとだけ「地元」の感覚に近づくのを助けてもらっている。もちろん、まだまだディープな世界があることはまちがいないのだが、ガイドブックには載っていない香港を目にすることができるはずだ。
まずは、今回の逗留先となった美荷楼(Mei Ho House)について。Mei Ho Houseは、1953年にこの界隈(石硤尾, Shek Kip Mei)の木造バラック住宅で発生した大火事への対応に、香港政庁が造った公共住宅だ。それから60年余。老朽化はもちろん、劣悪な住環境であることもあって、あたりの公共住宅は次々と取り壊され、建て替えられているようだが、このMei Ho Houseは、香港のまちの歴史を残す目的で保存され、ユースホステルとして生まれ変わった。2013年の秋にオープンしたばかりなので、あたらしくて綺麗だ。くわしいことは、併設されている博物館(Heritage of Mei Ho House)に行って、さらに勉強するつもりだが、当初の「H型」と呼ばれるスタイルと風情をそのままに、内部はいまどきの宿泊施設にリノベートされている。値段は、ユースホステルとしてはやや高めではあるものの、WiFiもあるし、小ぎれいなカフェもある。中心部からは少し離れているので、静かだ。
左下が「H型」のMei Ho House (Block 41 ,Shek Kip Mei Estate, Sham Shui Po ,Kowloon)
2014年度秋学期は、洋光台団地(横浜市磯子区)で「団地の暮らし」というテーマでフィールドワークをおこなったので*1、香港の集合住宅は、なおさら面白く感じられる。もちろん、日本の団地と直接くらべることは難しい。だが、人びとは、集合住宅のなかで誰かと集う場所を求めているはずだ。日常的な買い物やさまざまなサービスは、きっと集合住宅のなか(あるいは近所)に集積しているはずだ。なにより、各戸は、もともと同じユニットとして提供されていても、一つひとつのドアの向こうには、それぞれのユニークな生活がある。いったい、いくつの窓があるのか。その夥しい数だけ、人びとの個性があると思うと、圧倒される。
香港のまちを歩いていて驚くのは、高密度な暮らしだ。細長いアパートが林立するようすや、窓の外の洗濯物を見て、「香港らしい」と感じる人は少なくないだろう。夜になると、無数に並ぶ窓に明かりがともる。忙しない雰囲気のなかで、不意に『The Tower』というゲームを思い出す。この密度は、写真や動画を見るだけではわからない。おそらく、いろいろと考えてはいけない。空気のにおいと喧噪、エスカレーターのスピード、飛び交う声、すべてを身体で「感じる」のだ。
Day 1: はじまり
2015年2月28日(土)
基本的に、ぼくたちの「キャンプ」は現地集合・現地解散ですすめることにしている。2月28日(土)の夕刻、Mei Ho Houseの会議室に、全員が無事に到着した(一人は翌日に合流予定)。
幸運な出会いというのはあるもので、今回の「特別研究プロジェクトB」は、香港城市大学(City University of Hong Kong)のDr. Elaine Auを介して、City-Youth Empowerment Project (CYEP) の学生たちと、加藤研の学生たちとの交流プロジェクトとして実現することになった。今回は、いつものように、ポスターづくりのワークショップと、「香港風俗採集」をおこなう計画だが、加えて、CYEPの学生たちとともに、香港の少数民族グループとの交流事業にも(少しだけ)参加させてもらうことになった。City University of Hong Kongのご厚意で、教室なども利用することができる。これから、よい関係を築いていければと思う。
全体のスケジュールを確認してから、油麻地(Yau Ma Tei)へ。行列のできる煲仔飯(香港風 釜めし)の店へ。メニューには、英語も日本語も併記されているが、ジョイスのおかげでみんな満足、満腹。プロジェクトは、2日目から本格的にスタートする。外国語の研修旅行ではないが、インタビューもプレゼンテーションも、当然のことながら英語だ。加藤研の学生たちの英語力が、現場でどのくらい通用するのかはわからない。それなりに緊張しているようすだが、せっかくの機会なので、五感をぞんぶんに開放して、とにかく「感じる」ことからはじめてほしい。
(つづく)
*1:くわしくは、http://vanotica.net/danchi/ を参照。