まちに還すコミュニケーション

場のチカラ プロジェクト|Camp as a participartory mode of learning.

他者の生き様からコンプレックスを克服する

(2021年8月7日)この文章は、2021年度春学期「卒プロ1」の成果報告として提出されたものです。体裁を整える目的で一部修正しましたが、本文は提出されたまま掲載しています。

入江 桜子

『続ける』ことと『辞められない』こと

私は何かに属しているとき、新しい道に挑戦したことがない。中学校と高校は一貫校で同じ部活動に6年間所属し、附属の大学にそのまま進学した今も異なるジャンルだが部活動に所属して4年目になる。続けることは『継続力がある』『忍耐力がある』などといった言葉でまとめられ賞賛される。しかし私の周りには途中で新たな道を見つけて属している団体などを辞める人が多く、その姿を見るとそれまで蓄積してきたモノやコトを一度捨てる『決断力』のほうが賞賛されるべきなのではないかと思う。決して今いる場が嫌いになって投げ出すのではなく、さらなる魅力を見つけて勇気ある一歩を踏み出せる友人たちの姿が格好良く感じ、うらやましくもある反面、保守的になる姿さえも隠そうと繕ってしまう自分に嫌気がさしてしまうことが多々あった。

何かを辞めて新たな道を選ぶことが怖くなったのは高校2年生のときだった。部活動を終えて21時過ぎに帰宅すると母が神妙な面持ちで誰かと電話をしていた。異様な雰囲気に鼓動が速くなり、電話を切った母に「殺害予告が届いたから今からオババ(祖母)の家に行こう。」と言われ数10分で支度をし家を出た。「夜逃げってこんな感じかな。」と微笑む母の横で鼓動は鳴り止まなかった。それから、安定している生活や環境を手放すことに恐怖を感じ、今が居心地良ければ自分の身を晒すようなことはしないほうが良いと執着するようになった。

大学4年生になり就職する道を選んだため、1年後には取り巻く環境が必ず変わることが決まった。社会人になる手前の今だからこそ変化に対して恐怖を感じるのではなく、前向きに楽しめるようになりたい。そこで思い出したのはキッチンカー『fuwari』だった。

fuwariの邦雄さんと佳菜子さん

キッチンカー『fuwari』は夏場はかき氷、それ以外の時期はクレープを公園やマンションで販売している。経営するのは邦雄さんと佳菜子さんの夫婦だ。店主兼作る人の邦雄さんは、東京藝術大学美術学部芸術学科出身で落ち着いた雰囲気からも聡明さはもちろん、話していても豊富な知識とほのかなユニークさがうかがえる。ロングヘアを1つに括り、佳菜子さんがイメージしたことをかたちにする姿は博士のようだ。助手兼考える人の佳菜子さんは宮城文化服装専門学校出身で、話すことが好きな明るくポジティヴな方だ。2人は元々アパレル業界で働いていたが、東日本大震災で佳菜子さんの故郷が被災地になったことをきっかけに「自分も0から何か始めたい。」と考え、会社を辞めて『子供たちが小銭を握りしめ、安心して食べられる体に優しいかき氷』をコンセプトにキッチンカーを運営し始めた。

fuwariとの出会いは、私が中学3年生のとき最寄駅のTSUTAYAに出店していた日だった。CDを返しに行っただけだったが、当時からInstagramのかき氷アカウントを作成する程かき氷に目が無く、全て500円という価格に魅力を感じた私は迷わず購入した。去年まで2人ともサラリーマンをしていたこと、移動販売のかき氷屋自体も目新しく印象的だった。当時は小さなキッチンカーだったが、メニュー看板の細部までユニークなイラストが描かれていたりキッチンカー内のインテリアも手作りにこだわっていた。

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2019年に東京都用賀駅に「fuwariの秘密基地」という仕込み場兼路面店が開店した。その年のキッチンカー出店時に1度足を運んだときにかき氷用のInstagramでやりとりをして以来直接的な交流はなかったが、かき氷やクレープにとどまらずハンドメイドの販売やアパレルブランドとのコラボ、宅配サービスのチャレンジをしている様子をSNSで見ていた。また、雑誌にお店が載るようになり、お店のテーブルやソファ、本棚、キッチンカウンターなど全てが手作りということを知り、人気店になっても自分たちらしさを忘れずに様々なことに挑戦していく姿に惹かれた。2人とコミュニケーションを密に取っていき2人の生き様を追うことで、変化に対し前向きに楽しめる要素を手に入れ、長年心の奥底にある変化に対する恐怖感を払拭したいと考えるようになった。

かき氷偏愛者の実態

2020年12月に研究依頼をしたとき「今かき氷はどれくらいの頻度で食べているのか。どこかのお店の常連か。」ということを聞かれた。かき氷用のアカウントはあるものの、自分の記録を主としていて、友人や知り合いがお店を選ぶときの参考になればと思って活用していた。積極的にかき氷屋巡りをするより、好きな味のメニューがでたときや友人に誘われたときに足を運ぶため「かなり不定期で2週間に1度食べていれば多いほう。今は決まってよく行くお店はないが、時々夏場のみお手伝いをしているお店はある。」と答えた。Instagramではスポット検索機能があり、お店を検索していくうちに同じアカウントをよく見かけるようになったことからかき氷を中心に投稿するアカウントは徐々に増えていると感じていた。佳菜子さんに多く巡っている人は、1日3食かき氷にし毎回3杯ほど食べていたりお店のトイレで吐きながら食べていたりするということを聞いた。また、他店と比較し要望を言ってきたり店を下げるような言葉を放つ人もいる。そのため、私がどこかのお店の常連だと2人の描く店のあり方と合わないと考えたようだった。

私が依頼した時期は、2人がお店やキッチンカーを通しその地域の人々に楽しんでもらうことや当初描いていた『子供たちが安心して食べられるかき氷』を改めて大切にするべきだと感じ、SNSでかき氷の投稿をすることを禁止にしたり、用賀駅に住んでいる人だけの『ご近所さんDAY』を設けたりとコミュニケーションについて考え直す取り組みをし始めたときだった。私を受け入れることによって新たな考えを手に入れたり、一緒に模索していきたいと言っていただいた。

お店に行く

半年間でお店には7回足を運んだ。そのうち、雨天によりキッチンカーが出店中止になってお店に足を運んだ日が1回、友人と食べに行った日が1回、イベントに参加した日が5回だ。

雨天でお店に行った日はクレープに乗せるキンエボシというサボテンのクッキーをいただいた。きっかけは、とあるたい焼き屋が商品を渡すときに「おいしく召し上がれますように。」と声をかけていることだそうだ。ただ渡すのではなくこの言葉を添えることでたい焼きの美味しさが倍増し心も満たされる。私もポイントカードを4枚ためているほどその店が好きなのは、美味しいだけでなく店員さんが目を見て笑顔でたい焼きを渡してくれるからだ。

イベントというのは、月に2回ほどメニュー名だけを先に提示し予約して来店した人だけがどのような見た目で味なのか答え合わせができるものだ。映画や本のタイトルや人名などあらゆるテーマがあり、各地の農家の果物や野菜を使用して後日Instagramに紹介している。かき氷に縛られず自分たちが良いと思うものを書籍なども含めて発信している。また、子供たちにノートを配布したり塗り絵でかき氷のメニューを考えてもらったりと子供からも柔軟な発想を得ている。このような取り組みやSNS投稿の禁止の結果、以前よりお客さんの数は減ったがSNSに依存せずに自分たちにとって「楽しい」と思えることを行っているそうだ。今いるお客さんとのコミュニケーションを通し、相手を理解する想像力を培うことで自分自身の振る舞い方も変化すると思った。

キッチンカー出店時に行く

調査方法としては、主にキッチンカーの出店時に足を運び、そのときに佳菜子さんや邦雄さんと話したり、2人が販売している様子を観察したりしている。また、お店に足を運びキッチンカーのときと同様に話し、フォローさせていただいた佳菜子さんの個人アカウントを見て思想を整理している。

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半年間でキッチンカーの出店には6回足を運んだ。どの回でも共通していたのが佳菜子さんの観察眼だった。1人ひとりをよく見ていて、小学生の女の子3人がクレープを買いに来たときに「その服、ラブトキだよね。可愛いよね。」と声をかけていて、その女の子は照れたような、嬉しそうな表情を浮かべていた。その日に2回訪れたお客さんにも必ず声をかけていて、1回目に話した内容まで覚えていてその続きを聞いている感覚だった。注文してからクレープを渡すまでの5分ほどの場づくりによって、どのようなお客さんも話し、最終的には笑顔になっていた。

これが簡単そうに見えて大変なことだと知ったのはキッチンカーのお手伝いをさせていただいたときだった。アルバイトで飲食店の接客業をしているため、上手くできる自信があったが大間違いだった。キッチンカーが並ぶ共同の空間はお客さんがあちこちに行き、探すのも一手間かかる。そしてどの客が何を注文したかなんとなくは覚えていても、一斉にされる注文の順番を整えて金銭のやりとりをしていくことは確信できるほどの個々を把握する力が大事なのだと認識を改め直した。佳菜子さんのようにお客さんの服装や様子まで見られるような余裕を得るまで何年もかかるのだろう。

また、クレープのメニューの写真はクレープ屋さんでよくある開かれた状態のものではなく、商品として渡すときの状態になっている。思っていたよりクリームが少ない、ぺちゃんことがっかりさせないようにしているこだわりのようだ。「食べるときには中はどうせ見えないから中身を見せる必要はないよね。」と言っていた。また、キッチンカーの背面の窓にはカーテンがかかっている。これは邦雄さんが人の視線を気にしないための取り組みだそうだ。我慢できるような『気にする』ではなく、仕草に思わず出てしまうくらい気にしてしまうため『見えない』ようにカーテンをつけている。邦雄さんと佳菜子さんは根本の考えは似ているものの、こだわりや気にする部分は異なる。狭い空間で過ごすからこそ、自分にとって良い環境を現場での経験を通して築いていくことは難しくもあり互いの発見もある。

キッチンカーという狭い空間に置くモノからその人の人柄が分かるとご助言をいただき、キッチンカーの外と中をスケッチさせていただいた。しかし、まだかなり抽象的なスケッチのため、今後は比率を正確に、モノのメーカーの分析ができるほどの細かいスケッチをしていく予定だ。それにより、2人がこだわっているモノやコトを分析し、キッチンカーやお店で話すときのテーマにしてより思想を深堀していきたい。

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