まちに還すコミュニケーション

場のチカラ プロジェクト|Camp as a participartory mode of learning.

他者との間に介在する物質や行為がコミュニケーションに及ぼす影響

(2022年8月7日)この文章は、2022年度春学期の成果報告として提出されたものです。体裁を整える目的で一部修正しましたが、本文は提出されたまま掲載しています。

藤田 明優菜

背景

友人に相談があるとき、「ご飯食べに行かない?」「お茶しない?」と誘った経験はないだろうか。相談という目的を達成するのならただ対面して話すだけでいいのに、なぜご飯やお茶がある場を前もって指定するのだろうか。もちろん、落ち着いて話ができる空間として飲食店が選ばれるのは簡単に想像できる。しかし、それだけではなく、自分と友人の間に〈ご飯・飲み物という物質〉、〈食べる・飲むという行為〉があることでより落ち着いて話せると経験的にわかっているからでもあるのではないだろうか。実際、これまでを振り返ると、なにか行為を共にしているほうが話しやすかったり、居心地がよかったりした経験がある。たとえば、友人と一緒に料理をしているとき、食材を切ったり煮たりしながら話していると、沈黙があってもそれほど気にならないし、話題を無理に探すこともない。調理行為がコミュニケーションの逃げ道として機能しているのだろう。また、トントンと切る音や、グツグツと煮る音が、発話と発話の「間」をつないでくれているのかもしれない。

現場の観察

私はこのような、コミュニケーションにおいて他者との間に介在する物質や行為が及ぼす影響に興味があり、卒業プロジェクトのテーマに設定した。まず、実際の現場で何が起きているのかを知るために、私が友人とワンピースを製作している様子をビデオカメラで記録した。当初、食事や料理、ドライブなど日常的によくある行為を記録することも考えたが、私が趣味として何度か服作りをしたことがあり、黙々と1人で取り組んでいた作業がどう分担されるのか、針で縫うという集中を必要とする作業やミシンの音がどうコミュニケーションに影響するのかに興味が湧いたため、服作りに決めた。加えて、数ある服の種類のなかでも、2人で作るのに作業量が適切で、襟やフリルといった装飾の程度によって難易度を調整しやすいことから、ワンピースに決めた。協力をお願いしたのは、高校時代の友人・おかゆだ。「おかゆ」は私が知り合ってすぐに考案したあだ名で、高校時代の友人はみんな彼女をそう呼んでいる。私とおかゆは高校1年生からの仲なので、知り合ってから7年以上が経っている。高校卒業後も定期的に連絡をとり、数ヶ月に一度のペースで顔を合わせている。彼女は現在、大学を卒業し働いている。協力をお願いする人を考える際、親密度をどこまで考慮すべきか悩んだ。知り合ったばかりの人か、親友と呼べるほどに親密度の高い人かでコミュニケーションは大きく変わりうるからだ。計画の段階では、親密度の異なる何人かの友人とそれぞれワンピースを製作し、比較する予定だった。まず、比較的お願いしやすい親密度の高い人として真っ先に浮かんだおかゆに協力をお願いしたところ、快く引き受けてくれた。1回目の製作と振り返りを終えた時点で計画を練り直し、この1回の製作とその振り返りの記録のみを本プロジェクトの素材として扱うことに決めている。

実際の製作は、2022年4月5日に私が一人暮らしをしている6畳の部屋で行った。機材はGoPro HERO7 Blackを使用し、物が雑多に置かれている棚に目立たないように設置した。実際の画角は写真の通りだ。

おかゆには、大学の卒業プロジェクトの一環として一緒にワンピースを作っている様子を映像で記録し、会話やふるまいを分析したいということだけを事前に伝えた。加えて、撮影した映像を研究に使用すること、公開される可能性があることの了承を得てから記録を始めた。ワンピース製作の主な流れとしては、まず、まるやまはるみ監修『誌上・パターン塾 Vol.4 ワンピース編』を参照しながらワンピースのデザインを決める。どのような形にするのか、袖や丈の長さ、襟やポケットの有無などだ。デザインが決まったら、布を裁断するための型紙を模造紙に作図する。型紙を使用して布を裁断し、ミシンで縫い合わせ、完成させる。製作に必要な材料や機材は私が持っていたものを使用した。慣れない作業のため10時間以上かかると予想していたが、デザイン決めから完成して感想を共有し終えるまでの映像の長さは7時間7分29秒だった(昼食の時間も含まれている)。

映像の分析

1. 場面を切り取り、分類する

映像を分析するにあたって、高梨克也著『基礎から分かる会話コミュニケーションの分析法』や杉山尚子著『行動分析学入門 –ヒトの行動の思いがけない理由』など、会話分析や行動分析に関する本を読んだ。分析方法や事例を知ることはできたものの、分析にあたっての着眼点や解明したいことがまだ曖昧だと気づいた。そこで、まずはただ動画を見て、その場で起きていることを素直に観察することにした。その際、気になったことをELANで書き込んでいった。ELANとは、映像や音声ファイルに注釈をつけることができ、言語学や行動分析、相互行為研究などの分野でよく用いられるソフトだ。長時間にわたる自分の言動を客観視するのは初めてだったため、最初は気づきが多く、ELANも活用できていたが、何度も見返すうちに、映像がもつ情報の膨大さに圧倒されるようになった。映像には2人分の発話、表情、身体動作、視線の動きがあり、それらは変化するタイミングも含めて複雑に絡み合っている。7時間を超える映像すべてを分析対象としていても浅い分析になってしまうと考え、気になった場面をいくつか切り取って分析することにした。

映像のなかで最も注目したのは、言葉が足りていないのに意思疎通できている場面だ。これは一度に限らず何度も起きている。たとえば、私がミシンで布を縫っているとき、「まずい」と言って少し顔を上げただけで、おかゆが糸切りバサミを私の手元に置いてくれた場面(実際の映像:https://drive.google.com/file/d/1avBcO5EhuTcCh2jFZ2jgyIi5rRlEEhKY/view?usp=sharing)がある。私の作業状況から「まずい」理由は糸に関係しており、糸切りバサミが必要なのだと判断して渡してくれたのだろう。実際、私は糸切りバサミを使いたいタイミングだったので、映像でも「よくわかったね」とおかゆに言っている。おかゆに糸切りバサミを取ってほしいと思っていたわけではないが、いざ事前に察知してもらえると素直に嬉しかった。他に着目したのは、互いの発話をスルーしている場面だ。たとえば、おかゆが縫う動線を布に書き込む作業に対して「むっず〜」と何度も言っている傍らで、私は「何色がいいかな…」と糸を探しながらぶつぶつと呟いている場面(実際の映像:https://drive.google.com/file/d/1Xi41nfTDqP6RW2LAkO_3pows3W0hwx6P/view?usp=sharing)がある。この間、私たちは互いが発する言葉をあまり気にしておらず、私が「手伝おうか?」とおかゆに声をかけることも、おかゆが「この色は?」と私に提案することもない。これらのような数分間の場面をいくつか切り取り、〈言葉の足りないやりとり〉や〈互いにスルーしている場面〉といったように分類している。

現時点では計21個の場面を切り取ってあるが、今後増減する可能性がある。ELANを用いてこれらの場面の発話、表情、身体動作、視線の動きを書き起こしたり、音声のみあるいは映像のみで見聞きしたり、発されていない心の声を想像して映像に書き入れたりしている(ELANでの分析画面:https://drive.google.com/file/d/1VZyPNGuOB3A_fth2W0S8j-DMNU--xtGd/view?usp=sharing)。まだ分析途中だが、異なる話題が同時並行でやりとりされていることや、全体を通して目をあまり合わせていないことなど、書き起こす過程で発見できたことがいくつかあった。

また、数分間の場面とは別に布を裁断している約30分間にも着目した。最も時間がかかる縫う工程はどうしてもバラバラの作業になってしまうなか、裁断する工程は2人で共同作業をしている。ハサミの受け渡しや場所の入れ替わりが言葉少なに行われていた点に興味をもち、ハサミと2人の動きのみを抽出したアニメーション動画(https://drive.google.com/file/d/1jzXT0nvaGzXAeTSMs1PvtxEpA61l1ff_/view?usp=sharing)を作成した。丸で囲まれた赤い字の「あ」は私、青い字の「お」はおかゆのいる場所を示している。ハサミが赤いときは私、青いときはおかゆが手にしていて、黒いときは床に置かれている状態を表している。映像のもつ膨大な情報の中から着目したいものだけを抽出しようと試験的に作成したものであるため、必要に応じて音声やハサミの動線を加えるなど改良の余地は大いにある。作成するなかで、ハサミを渡すときに持ち手を相手に向けていることや、なるべく場所を動かず効率的に裁断しようとしていることがわかり、完成した動画を見るというよりも、その作成過程でより詳細に映像を見たことによる気づきが重要だったのだと考えている。

2. 他の人に見てもらう

自分で分析するだけではなく他の人に見てもらう機会も設けた。第一に、おかゆとの振り返りだ。対面で行いたかったが都合がつかず、オンラインミーティングツールのZoomで映像を画面共有しながら一緒に振り返った。

開始早々、おかゆが「バラエティ番組のワイプみたい」と言っていたのが印象的だった。先述したが、おかゆも私も長時間にわたって自分の映像を客観視するのは初めてだった。まさにバラエティ番組のように映像の自分たちに即時的なコメントを言い合いながら振り返るなかで、「実はこのときこう思っていた」、「この動きの意図はこう」と説明して疑問が解消された場面もあった。また、おかゆが自分の言動に対して「こんなに声大きいんだ」、「考えるときは(身体が)固まるんだね」と新たな気づきを得ているのも印象的だった。私自身、動画を見返すなかで知らなかった意外な言動をしている場面をいくつも見つけて驚いたが、それはおかゆも同じだった。振り返りの時間もZoomの画面録画機能を使用して記録に残しているため、ワンピース製作の映像と合わせて見ていく予定だ。おかゆと2人で振り返った他に、同じく高校時代の友人・まりちゃんにも映像を一部見てもらった。まりちゃんとおかゆと私は3人で遊ぶことも多く、高校時代のおかゆと私をよく知る人物だ。まりちゃんからは「いつもの2人だ。高校時代と変わらないね」とコメントをもらって、映像の中の2人は自然に近い状態だったのだとわかり安心した。加えて、同じ学期に卒業プロジェクトに取り組んでいる研究会のメンバーとメンターの加藤教授にも見てもらった。音楽をかけなかったことや、食事のときにミシンを机からおろさなかったこと、不安定なカーペットの上で布を裁断したことなど、自分ではあまり引っ掛からなかった点を指摘されて、私自身が映っているからか、自分の行動に疑問をもつ態度が欠けていたことに気づいた。この卒業プロジェクトに取り組むにあたって、私自身の友人の前でのふるまい、とくに無意識の言動にも興味があったため、他の人からのコメントは私の知らない私を知るきっかけとなった。

卒プロ2に向けて

今回、ワンピース製作の映像を振り返ってみて、先述した糸切りバサミの場面のような、相手の求めていることや次に必要とするものを言葉少なに察知していることに強く興味を抱くようになった。その場の状況、相手の様子を瞬間的に読み取り、ふさわしい行動をとる。これはきっと、意識されていないだけで、普段からあたりまえのように行われているのだと思う。映像分析を始めてから、日常生活における周囲の人のそうした気遣いにより敏感に気づけるようになった。コロナ禍において、私たちはテキストのみでのやりとりを頻繁にするようになった。オンライン上で顔を合わせられたとしても、限られた範囲の映像からしか情報を受け取れず、もどかしさを覚えることもよくあった。同じ空間でワンピースを作っている2人を見ていると、いかに身体の動きや雰囲気が情報をもっていて互いに影響しているのかがよくわかる。私たちは同じ空間にいる他者から発される身体情報を受け取り、自分の言動を調整している。あたりまえのようだが、あらためて映像で見ると、非常に複雑なことをしているのだと驚いた。

春学期を終えた現時点では、まだ素材が集まっただけの状態で、分析も十分に進められていない。今後は上述した数分間の場面の分析を進めると同時に、それぞれが発話している時間や沈黙の時間、ミシンを使っている時間などを計測し、映像を数値でも見ていく予定だ。また、裁断の場面から特定の情報を抽出して作成したアニメーション動画のような試みも続けたいと考えている。