(2025年8月7日)この文章は、2025年度春学期「卒プロ1」の成果報告として提出されたものです。体裁を整える目的で一部修正しましたが、本文は提出されたまま掲載しています。
木村 晃子|Koko Kimura
はじめに
「またあの状況だ。」
わたしが誰かと協働するとき、ある状況に困惑し、焦り、納得できずにいることがある。また反対に、ある状況に高揚し、喜びを感じ、満たされることもある。どうしていつもこれほどまでに上手くいかないのか。わたしの能力不足のせいだろうか。あの人のやる気がないせいだろうか。あるいはやり方や仕組みがその状況との相性が悪いことが原因なのかもしれない。
わたしは誰かと誰かが過ごす場、特に協働の場において自分がめざしている状態にするためにはどうすればよいのかということについて、かねてより強い関心を寄せてきた。わたしの卒業プロジェクトでは自分が実際に関わっている協働の場で起きたことの記録から、どうすれば、どうしたことによって上手くいったのかを考えていく。その記録と考えたことを再び「あの状況」に遭遇するであろう後の自分や、似たような状況に遭遇する他者のためにひとつひとつ言葉にしていきたい。
背景
わたしは大学生活で10種類のアルバイトやインターンシップを経験してきた。仕事を早く覚えて自分を場に役立たせるため、またその職場について知るためにそれぞれの職場に少なくとも半年以上在籍するというルールを自分に課していた。マーケティング担当者に経理担当者にカフェ店員に空間デザイナー、アパレル店員に美術館の監視員にティーチングアシスタント、ドラッグストア店員に書店員と自分の役割と立場を変えながら、それぞれの現場をみてきた。自分が生きている社会のある部分がどのような役割の人の、どのような働きによって動いているのかを身をもって知りたいと思っていたからだ。
そのように現場を転々としてきたわたしが唯一大学1年生の頃から現在まで継続して参加しているのが、慶應義塾ミュージアム・コモンズ(以下、KeMCo)でのアルバイトだ。KeMCoでは慶應義塾内の各所に存在するコレクションを公開する展覧会や教育普及・研究を目的としたワークショップ等を展開し、慶應義塾のアートとカルチャーをめぐる活動を活性化させるという役割を担っている。わたしは、KeMCoの学生スタッフとして他12人の学生たちとともに施設のあり方や使い方を考えるために日々試行錯誤しながら活動・研究・勤務している。過去には、蔦屋重三郎が版元の浮世絵がテーマの展覧会における、浮世絵の歴史や制作過程や浮世絵師についてまとめたZINEを来館者に和綴じを簡略化した方法で綴じてもらう体験の企画や、慶應義塾の中等部・高等学校とのコラボレーション、アーティストへのインタビューや研究ワークショップの運営など多種多様な活動に関わってきた。
わたしたち学生スタッフの主な活動拠点は三田キャンパス東別館8階のKeMCo StudI/O(以下、ケムスタ)と呼ばれる場所だ。ケムスタでは文化財の撮影やスキャン、データ化、デジタルアーカイブ化のインプットとそれらのデータを活用したアウトプットができるデジタルファブリケーションなどの設備がある。これらのリソースを利用しながらKeMCoにやってくる人が楽しんだり学んだりできる状態にするために、学生スタッフや教員、学芸員、職員が話し合い、つくりながら考えている。
KeMCoでの活動はわたしがこれまで経験してきたほかのアルバイトやインターンシップでの現場と比べて、特殊で複雑であると感じる。KeMCoは非営利のミュージアムであり、研究機関でもありながら、在籍するわたしたち学生スタッフには活動・仕事への対価が支払われている。ふつう、研究や学びは学生がお金を払って得たいもの、得るものであるのに対してここでは学生協働として研究活動とも、仕事とも言い切れないそのあいだの活動に大学側からお金が支払われている。それだけわたしたちには相応の責任が伴い、成果が求められているとも言える。
そのような特殊な現場であるKeMCoでの活動を3年弱の間、わたしが継続して気がついたことは、KeMCoで度々発生する「あの状況」は、条件がそろえばKeMCoに限らずほかの現場でも起こるということだった。余裕を持ってスケジュールを組んで着々と進めてきたはずなのに、締め切り間際でトラブルが発生し、追い込みをかける「あの状況」、チーム内での引き継ぎが上手くいかず、昨日と今日でやることが重複してしまう「あの状況」、などはKeMCo以外の現場でもよく経験されることだった。誰かと誰かが協力しながら共通の目標を達成することが求められる場においてよく起こる状況には、共通する部分があると考えている。
KeMCoの活動は日によってやること・関わる人・目的が異なるため自分や自分たちがやること、したほうがいいことを即興的に判断をする必要がある。誰がどの席に座れば話し合いがすすめやすいか、休み時間にどのような話題をふれば居心地のよい雰囲気をつくれるか、その日にいない人への共有のSlackの文章はどのように書くのがいいかなど、言語化もマニュアル化もされていない活動を円滑に有意味にすすめるための方法に悩み、試行錯誤を続けてきた。
わたしの卒業プロジェクトでは、KeMCoに加入した2023年の1月から現在までの間で、起こった状況とその状況に対してわたしや他の学生スタッフがしたことをふりかえり、また卒業まで実践を続けながらその方法を見つけ出したいと考えている。そして、KeMCoを卒業したあとも様々な現場で起こる「あの状況」に対して困惑せず、焦らず、納得して動けるようになりたいと思っている。

活動の様子
関わる人とわたしについて
わたしの卒業プロジェクトに関わる人たちには、一緒に活動している12人の学生スタッフのほかに、活動を統括している教員、活動のサポートしている職員、わたしたちが取り組む目的やお題を与える学芸員の方々がいる。また、以前まで一緒に活動していたが、現在は卒業して時々顔を合わせるOBOGの方々にもこの卒業プロジェクトにあたってお話を伺った。他にも、KeMCoの4階を活動拠点にしているより学芸の仕事に近い部分のサポートをしている別組織の学生スタッフたちとも協働することがある。
この卒業プロジェクトでは主に日々一緒に活動している12人の学生スタッフと活動を統括している教員の方とのやりとりを取り上げている。12人の学生スタッフは、慶應義塾の学生のみで構成されており、大学院生が4人、学部生が8人、学年も専攻分野も様々である。文化財やミュージアムの運営に関心を寄せている文学部の美学美術史専攻のメンバーもいれば、デザインやデジタル展開などのアウトプットの仕方に関心を寄せている理工のメンバー、ほかにも医学部や法学部のメンバーもいる。それぞれの得意なことや関心のあることを持ち寄って活動をしている。この組織の中でのわたしは、Adobe製品を使ったグラフィックデザインや写真撮影、プロジェクションマッピングなどの主にデザインを担当し、学年順では3番目、年齢順では9番目、加入順では現在のメンバーのなかでは最古参に位置付けられている。先述した通り、大学1年生の頃からこの組織に参加しているが、あと半年ほどで慶應義塾の卒業と同時にKeMCoでの活動を終了することになる。同じように現在学部4年と修士2年で、慶應義塾での進学予定がないほかの6人のメンバーも同じタイミングで活動を終了する予定だ。
わたしがこの卒業プロジェクトに取り組む理由は、ケムスタでの「あの状況」について記録し、まとめることはわたしにしかできないことなのではないかと考えているからだ。現在在籍しているメンバーの中でも、わたしは加入から卒業まで3年と3ヶ月もの長期にわたって在籍する機会を得られた。「長期間在籍している」というだけではあるが、何度も起こる状況の共通点を感じ取り、あるいは考えてまとめることにはその時間の厚みが役に立つのではないかと考えている。また、わたしが卒業したあとも「あの状況」に直面する後輩たちがわたしの記録をみて、少しでも参考になることがあればこれほど嬉しいことはない。

在籍中メンバーの加入と卒業
方法と経過
プロジェクトをすすめるにあたって、ケムスタで起きていることをどのように記録し、「あの状況」をすくいとるのかが重要だ。ケムスタで起きていることを考えるために、『会議のマネジメント(加藤文俊/著)』の空間・時間・情報の3つの側面からコミュニケーションの現場を理解する考え方からヒントを得た。具体的には、その日に起こったことを記述した文章、活動の様子の写真、スケジュール表、Slackやnotionといったコミュニケーションツールでのやりとりの記録をもとに「あの状況」を整理していく。
空間の側面においては、フリーアドレスの大きなテーブルのどの席に自分が座ることが多いのか、なぜその席に座ることが多いのか、誰の近くに誰が座るのかなどを活動の様子の写真をもとに記録した。浮世絵の展覧会の企画準備に追われていた5月の活動では、図右下の①の席、ホワイトボード前のお誕生日席②とデスクトップPCが置かれたひとり用テーブル席③に座ることが多かった。わたしがその席に座ることが多い理由をそれぞれのちに考えてみた。①は正面に窓があり、こちら側の席に座るとデザイン作業などでPCを使用する際に窓からの光でディスプレイが反射することがない。②はZINEのデザイン案を構想する際にメンバーへの説明や自分が考えをまとめる際にすぐにホワイトボートにかくことができる。③の席にあるデスクトップPCはデザインツールであるAdobe製品を使用する際に、大きなタッチパネル機能のついたディスプレイモニターが使いやすい。しかし、わたしだけ他の学生スタッフが座っているテーブルに背を向けて作業することになるので、テーブルでの雑談に入れなかったり、他のメンバーが何かわたしに話かける際には③の位置まできてもらっていたりした。
ケムスタの席配置図
また、ケムスタで流れているBGMの音量や曲調によっても声量や会話量、話される内容が変わるのではないかと予想し、その体感的な変化を記述した。具体的にはBGMを再生・停止した際、音量を調整した際にどのような動機や状況なのかを記述した。
ケムスタの活動は大学の時間割と連動しており、大抵の活動日が10時45分開始、つまり三田キャンパスの時間割で2限の授業の開始時刻と同時に活動もはじまることになっている。学業が本分であるわたしを含めた13人のメンバーはそれぞれ、一日中授業のない全休の日や授業の空きコマの時間に活動しているため、毎週水木金曜日に全員が集まることはほぼない。春学期のわたしは授業のある木曜日と金曜日は、三田キャンパスで開講している1.2限の授業を受けてから、東別館のケムスタに移動して活動をはじめるというルーティーンであった。他のメンバーも時間割と結びついたケムスタでの活動を、それぞれのルーティーンの中で位置付けているのだと思う。そのため、どのメンバーとどれくらい時間を共有できるかを気にしながら活動をしている。たとえば、制作しているZINEの装丁について決める際には、デザインを担当しているメンバーが木曜日に来るのを見越して、水曜日にいるメンバーで大まかな目星をつけて引き継ぎ、木曜日に最終決定する流れをとることがあった。このような自分と他のメンバーの「時間割」を意識した活動において、どのように時間をマネジメントしようとしているのかの気づきも記録している。
「あの状況」と「あの状況に対してどうすればよいか」ということをすくいとるために、空間・時間・情報の3つの側面から記録を続けていき、まずはケムスタで「何が起きているか」を理解したいと考えている。
遭遇した「あの状況」
1. 引き継ぎ問題
5月のケムスタは、6月3日より開催の浮世絵の展覧会「夢みる!歌麿、謎めく?写楽 — 江戸のセンセーション」展の準備で忙殺されていた。5月のスケジュール表をみると、わたしの活動日数は16日だった。2日に一度は必ずケムスタに訪れていたことになる。ケムスタで活動するわたしたちの仕事は、浮世絵の展覧会における「浮世絵鑑賞+αの体験」を考え、実際に手を動かしてつくり、来館者の方に届けることだと考えている。動画&SNS、テック、ZINEの3つのプロジェクトチームに分かれてその体験のデザインと制作にあたった。
わたしはZINE企画のチームを担当した。わたしを含めて5人いるメンバーは大学の時間割によって参加できる曜日や時間帯が異なる。そのため、情報の共有やその日に話して進めたことの引き継ぎの仕方を工夫しなければならなかった。引き継ぎの仕方をわたしが工夫したい理由は、これまで3年弱の活動の中で引き継ぎが上手くいかなかったことによる不都合を何度も目撃してきたことにある。昨日と今日でやることが重複してしまう。その日の話し合いでなぜ企画を採用・不採用にしたのかの経緯を追えずに議論が重複してしまう。その結果、活動の進行が遅れて展覧会の開催日に間に合わない状況は今回こそは避けたいと思った。
この「引き継ぎ問題」を回避するために、云々と考えてわたしが実際にしたことは、「自分がずっといる」ということだった。チームの中で誰かひとりでも、毎回の話し合いや活動に参加しているひとがいれば、そしてそのひとがプロジェクト全体を把握してマネジメントしておけば、今回はひとまず「引き継ぎ問題」を回避できると思った。ただこの方法は、チームメンバーに、学部4年生で時間割にもスケジュールにもゆとりがあるわたしのようなメンバーがいる場合にしか使えない方法なのかもしれないと、実際にしてみて思った。平日の2日〜4日毎週ケムスタに通う生活を1ヶ月続けてみて、わたしはいつもより少し無理をしていたと思う。ケムスタでの活動日はケムスタでの活動に没頭して、活動がない日にはケムスタで起こったことの振り返りや反省をしてしまい頭の中はケムスタのことでいっぱいになっていた。
また、みんなで話し合ったことの内容の共有はできるだけケムスタで一緒にいるときに口頭で経緯から話すことを心がけた。決まったことのメモやスケジュールはその日にいないメンバーに活動の進捗を共有するためにSlackでのやりとりや共有において以前よりも頻度とわかりやすさを意識していたと思う。また、他の人がすでに取り組んでいた場合の重複を防ぐという思惑と、明日いないメンバーにも自分がこれからやることについて何か意見やアイデアがあれば書いてくれるかもしれないという期待から「明日きむここがやることリスト」も時々共有していた。

5月のスケジュール表
2. 締め切り直前のハードワーク
「あの状況」のひとつに「締め切り直前のハードワーク」が挙げられる。ZINE制作の企画において、6月2日からの一般公開に向けて入稿を遅くとも5月26日までに行う必要があった。入稿の前々日の昼に思いがけず学芸員の方の最終チェックで初稿時には挙げられていなかった修正点が入った。入稿前日、前々日は元々活動予定日ではなく、十分な作業時間を予定していなかったため、メンバーやわたしの他の予定にもよくない影響を与えてしまう結果になった。最終的に修正点を重要度順に整理して修正していき、質は落ちるが致命的な誤りはない状態にして無事5月26日に入稿することができた。この「締め切り直前」の状況は、特にZINE入稿をする際に陥ることが多い。何度もこの状況を経験し、今回は未然に防ぐために事前にタスクを洗い出し、スケジュール管理をしていた(つもりだった)。それでも直前に予期せぬことが起こると、避けられない「あの状況」に陥ってしまうことがあるようだ。
3. 「お昼ご飯を一緒に食べる」
わたしが「あの状況」と呼んでいることは、よく陥る/よくない状況のみならず、何気なくしているが、実は活動やわたしたちの関係においてよい/重要なのではないかと思う状況も含まれている。その例として、「お昼ご飯を一緒に食べる」ということがある。6月に入り、展覧会がひらかれてからは、ケムスタでメンバーがまとまって作業する機会がなくなり、その影響でお昼ご飯を一緒に食べに行く機会も減った。これにより、メンバー同士、とりわけ5人以上での会話の機会が著しく減ってしまった。「一緒に活動している」という意識も薄れてきたように思う。これはわたしにとって無視できない感情の変化だった。それだけ「一緒に食べる」という時間はわたしにとって大切なことだったということなのかもしれないと思っている。お昼ご飯を一緒に食べるような状況を意図的に作り出すことによって、今までは話しにくかったことが話せるようになるきっかけになり、質問するほどの・相談するほどの・報告するほどのことではないと思って言わずにいたことを気軽に言える関係になれる場合があることに気がついた。

活動日のお昼ご飯
このような「あの状況」について、具体的なエピソードを公開しながら自分が(自分たちが)その状況においてどのような行動をしたのか、その行動によって状況がどう変化したかの記録をまとめていきたいと考えている。
おわりに
わたしは大学生活で経験した様々な働く現場で、トラブルが起きた際にその原因を現場にいた人の能力、やる気、注意散漫といったことに追及しようとする状況を何度も目撃してきた。本当にその人のせいなのだろうか。その人がその時にした行為のせいなのだろうか。それとも、チーム内のコミュニケーションや仕事の仕組みややり方、自分自身ではコントロールすることができない外的環境の影響でトラブルが起きてしまったかもしれない。そのような疑問をずっと持ち続けてきた。
卒業プロジェクト1では、ケムスタで起こっていることを写真とフィールドノートで記録し、活動のスケジュール表、Slackでのやりとりなどの記録と見比べながら理解しようとしてきた。プロジェクトを通してよく陥る「あの状況」は、ちょっとしたコミュニケーションの工夫をすることで状況をよりよくすることできる場合があるのではないかと考えるようになった。
夏季休暇中に行いたいことは、夏季休暇中の活動を引き続き写真や記述により記録していくこと、春学期中の記録(写真・出来事の記述・Slackのやりとり・スケジュール表など)を見返して整理すること、そこからよく起こる状況をすくいとることの3つだ。そして卒業プロジェクト2では、KeMCoでの活動に関わる人たちに自分がすくいとった「あの状況」の具体的なエピソードを共有して、話を聞いてみたい。また、このプロジェクトでの学びや気づきをどのようなかたちでそとにひらいていくのかについても手を動かしながら考えていくつもりだ。
参考文献・資料
- 加藤文俊(2016)『会議のマネジメント:周到な準備、即興的な判断』中公新書