まちに還すコミュニケーション

場のチカラ プロジェクト|Camp as a participartory mode of learning.

えらび、えらばれる。(2)

学生はメディア。

「もし、3人の教員をえらぶことになったら」という課題を出したことについては、すでに紹介した。なるほどと思う提案もあったが、じつは、注⽬すべきなのは「想定外」の名前と、教員の組み合わせだ。誰と⼀緒に研究テーマに向き合いたいのか、誰の後ろ盾を求めているのか。学⽣は、⾃由に教員をえらべばいい。 カリキュラムの案内を⾒ると、教員たちは、研究テーマに応じてゆるやかにグルーピングされている。「専⾨」を表すキーワードも公開されている。ぼくたちは、研究テーマが似ていたり、同じ学会に所属していたりすることで、同僚とつながってゆく。学内の会議や業務で ⼀緒になって、親しくなることもある。それは、いわば⾃然なつながりだ。 学⽣たちがえらんだ「想定外」の教員の組み合わせは、そうした既存のカテゴリーをしなやかに乗り越えて、あたらしい可能性を⽰唆している。

もちろん、学⽣たちの思い込みやイメ ージで、教員の理解にもばらつきがあるだろう。無茶な組み合わせに⾒えるかもしれない。 だが、学⽣がじぶんの想いでえらんだ組み合わせは、教員にとって貴重なチャンスをひらいている。きっと、ぼくたちの経験では理解しえない、あたらしい「何か」に触れているのだ。 学⽣こそが、教員どうしのあらたな出会いやつながりをつくる。だからぼくたちは、えらばれることを楽しみにしながら、まだ⾒ぬ「想定外」の提案を受け容れる準備をしておくのだ。

少し話は変わるが、「出版の未来」という授業で紹介した一節を、ここでも引用しておきたい。さわや書店(盛岡市)の、長江さんのことばだ。長江さんは、「文庫X」という企画の仕掛け人として知られている。ある文庫本が手書きのオリジナルカバーで覆われ、さらにシュリンクラップされて店頭に並ぶ。そして「税込で810円であること」「500ページを超える作品であること」「ノンフィクションであること」だけが記されている。書店を訪れた人は、この情報だけで一冊の本と向き合い、買うか買わないかを決めるのだ。この販売方法は、全国の650を越える書店を巻き込んで、記録的な売り上げがあった。昨年の今ごろ、長江さんは書店を退職することになり、そのさいにはニュースになったくらいの有名人である。(長江さん自身が、『書店員X』というタイトルの本を出している。)
さわや書店のことは、しばらく前に、友人の沼田さん(フキデチョウ文庫)に教えてもらった。何度か盛岡に足をはこぶ機会があって、そのたびに、フェザンにある書店をうろうろした。長江さんは、語る。

例えば、本を買うという行為の場合、「これは自分が読む本ではないな」と感じるものであっても、手を伸ばしてみてほしいと思う。世の中には、「殺人犯はそこにいる」のような、読んだ人間を揺さぶり、常識や価値観を打ち破るような作品がまだまだ存在する。『殺人犯はそこにいる』のように、誰が読んでも衝撃を受ける作品はそう多くはないかもしれない。でも、あなたを揺さぶる作品は、書店の棚のどこかに間違いなく存在する。本を選ぶことは、とても難しい。けれど、本を買う一人ひとりが、今の自分が持っている先入観を乗り越えて本を探すことが出来れば、本によって人生が変わる可能性は格段に高まるはずだと思う。

また、同じことは、本を買うという行為だけに留まらない。先入観というのは結局、「今の自分」にとって「許容可能」かどうか、という判断の結果でしかない。本に限らず、何らかの経験によって「今の自分」を押し広げ打ち破ろうとしたら、「今の自分」の判断を疑うしかないだろう。それは結局、先入観に囚われずに判断する、という経験の積み重ねによってしか身につかないだろうと思う。
出典: http://hon-hikidashi.jp/bookstore/21212/

手書きのPOPが売り上げに貢献するという話は、それほどめずらしいものではないが、この一節は示唆に富んでいる。ぼくたちは、かぎられた情報だけを手がかりに「文庫X」を買うか買わないかを決める。このとき、さわや書店(そして、仕掛け人の長江さん)は、読者と「未知の著者」とをつなぐ役割を果たしている。たまには「今の自分」の判断を疑ってみてはどうかと、背中を押すのだ。

学生たちが教員をえらぶのは、書店で本をえらぶのに似ている。実際に、シラバスの一覧というのは、書棚のようなもので、一つひとつのシラバスには教員の想いが書かれている。ぼくは、シラバスを介して学生たちと出会う(もちろん、他にも本や論文、SNSなどを介して出会っているはずだ)。「研究会」に興味があるという学生と話をしていると、ぼんやりと「ぼくではなくて、他の先生のところで学んだほうがいいのではないか」と思いいたることがある。ぼくが受け入れを拒んで、他の先生に押しつけようとしているわけでもなく、素朴にそう感じるのだ。分野にかんする説明をしたり、参考になりそうな本を紹介したりする。話しているうちに、お互いに「許容可能」かどうかを再考するきっかけが生まれる。

学生との会話をとおして、気づくことはたくさんある。ふたたび、「もし、3人の教員をえらぶことになったら」という課題への回答を眺めてみる。「想定外」の提案は、ぼくの先入観を揺さぶる。「今のぼく」の判断を疑ってみるよう促す。ぼくには、「未知の同僚」がたくさんいることを、あらためて思い知る。学生は、ぼくが「教員X」に出会うためのメディアなのだ。

(つづく)

書店員X - 「常識」に殺されない生き方 (中公新書ラクレ)

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  • 作者:長江 貴士
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2017/07/06
  • メディア: 新書