まちに還すコミュニケーション

場のチカラ プロジェクト|Camp as a participartory mode of learning.

音声ガイドをつくる

人の数だけ、「まち歩き」の体験がある。携帯型音楽プレイヤー(iPodなど)とポッドキャスティングを活用して、あたらしいまちの理解を創造してみよう。

「ポッドウォーク(あるいはポッドウォーカー)」と呼ばれる試みは、まちを理解するための、あたらしい経験を提供するものだ。ウェブを介して、事前に音声のコンテンツをiPodなどの携帯音楽プレイヤーにダウンロードしておき、それを聞きながらまちを歩く。*1

親密な音を携えて歩く

人びとが地域にいだく愛着や親近感を理解することは、「キャンプ」の重要な課題のひとつだ。たとえば、近所を歩くことが、予期せぬ発見や驚きに満ちているとき、人は場所にある種の楽しさを感じ、結果として、その場所はより多くの人びとを惹きつける力をもつだろう。さらに、次第に場所がある種の活力・求心力をもつようになることで、いわゆる「リピーター」をも育むはずだ。

そうした力について考えるにあたっては、私たちがふだん慣れ親しんだ「ものの見かた」から、みずからを切り離してみることが重要だ。ポッドウォークは、じぶんではない「誰か」のスピードとリズムでまちを歩く体験を、比較的容易に実現することができる。音声コンテンツは事前に収録されたものであるため、歩くときは、つねに過去のまちの音を聞くことになる。眼前には、まさに「その時」の風景が見えるが、自分の耳には「いつか・だれか」が歩いたときの音が聞こえてくるという体験は、ちょっと不思議で、愉しい。

上:柴又(東京都葛飾区)ポッドウォーク(2006年10月)|下:丸の内(東京都千代田区)ポッドウォーク(2006年11月)あらかじめ、音声をダウンロードしておき、ポストカードサイズの地図を手にしながら歩くというスタイルを提案した。実際には、(歩かずに)音声を聞くだけでも、ラジオの実況中継のように、まちの臨場感を味わうことができる。 

ポッドウォーキングは、都市を歩き回るための音声ガイドで、ひとつの地点から特定の目的地までの道案内をする音声の「アクセス・マップ」ともいうべきものである。日本でポッドウォークのコンテンツを先駆的に作成している川井拓也は、「寄り道や道草を支援するエンターテイメント」として性格づけている。

私たちは、川井らによって提案されているアイデアを参照しながら、まちでの体験を伝えるための方法として、ポッドウォークの可能性を探究することにした。ポッドウォークのコンテンツを耳にしながら歩くという体験は、私たちが埋め込まれたまちの風景を構成・再構成する、じつに興味ぶかい体験である。

遊歩者(フラヌール)のメディア

ポッドウォークによるまち歩きは、簡単にまちにとけ込むことができるという点が魅力的だ。見かけ上は、片手にケータイを持って音楽を聞いている、ふつうの歩行者である。しかしながら、私たちは、観察者、「遊歩者(flâneur)」となる。「遊歩者」は、状況と関わりをもたず、世俗的な〈モノ・コト〉から少し距離を置いた、感受性の豊かな都市の観察者である。ポッドウォークは、これまでには体験してこなかったスピードとリズムでまちを歩く、「遊歩者」のためのメディアとして理解することができる。

「遊歩者」になることによって、まちで共有されているイメージや風景についてあらためて考え、「気づき」を誘発する機会が生まれる。まちを学ぶためのコンテンツとして、ワークショップなどに組み込むことで、地域コミュニティにおける他者との関わりについて考えるきっかけにもなるだろう。

2006年5月に金沢で収録したコンテンツは、まち歩きの音声を写真とともに編集し、歩きながら、ところどころで視覚的な手がかりが表示されるようにした。いまなら、スマートフォンをつかって、もう少しちがったコンテンツをつくれるだろう。 いずれにせよ、目的地への「ナビゲーション」よりも、誰かと一緒にまちを歩く感覚を生み出すことが、「ちいさなメディア」の親密さを際立たせるはずだ。

道案内(ナビゲーター)から同伴者(パートナー)へ

私たちが音声ガイドをつくりはじめたのは、もともとは声による道案内への関心からだった。実際に、声で目的地にたどり着くことができるように、ランドマークや目印などについて語るように意識しながら、収録していた。

やがて、誰かと話をしながらまちを歩いたり、さらにその様子を聞いたりすることこそが愉しいと感じられるようになってきた。わずか10分程度のちいさな「旅」であったとしても、音声ガイドは、道すがら、親密な声を届けてくれる「同伴者」になる。寄り道も、彷徨いも、まちを知る方法なのだ。

左:ボイスレコーダーを持って、収録しながら金沢のまちを歩く。(2006年5月)|右:まち歩き用のポストカードを柴又駅(京成金町線)で配布。(2006年11月)

 

[音声ガイドをつくるプロジェクト]
これまでに、以下のような音声ガイド(ポッドウォーク)を制作した。概要等の詳細および音声ファイルは、ウェブで公開している。

  • 京都を歩く[2006年4月収録] ポッドウォークのコンテンツづくりをはじめるにあたって、試験的に京都で収録した。このときは、おもに録音のしかた/歩くスピードなど、技術的/実践的な問題について考えた。
  • 柴又を歩く[2006年10月収録] 柴又界隈(東京都葛飾区)を、地元のかたがたと歩いて、音声ガイドを収録した。ポストカードは3種類つくり、店舗や柴又駅などで配布した。2次元バーコードを介して、携帯電話からも音声ファイルをダウンロードできるようにした。
  • 丸の内ポッドウォーク[2006年11月] ORF2006に合わせて、丸の内(東京都千代田区)エリアを歩くための音声ガイドを収録した。たんなる道案内ではなく、車イスによる移動、外国語版、エクササイズ版など、さまざまなバリエーションを制作した(11種類)。2次元バーコードを介して、携帯電話からも音声ファイルをダウンロードできるようにした。
  • 坂出を歩く[2006年12月収録] 坂出市(香川県)でのフィールドワークの際、地元のかたがたと一緒にまち歩きをしながら収録した。 

*1:このテキストは、『まちに還すコミュニケーション:ちいさなメディアの可能性』(2011年3月)に収録されている内容に加筆・修正したものです。 https://issuu.com/vanotica/docs/comm_with_comm?fr=sOTk4MjUwMTUwMjk