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まちに還すコミュニケーション

場のチカラ プロジェクト|Camp as a participartory mode of learning.

フーカットで考えた。(4)

ベトナム レポート EBA

Day 4: 2017年3月12日(日)

日曜日の朝も、早起きではじまった。今朝は6:30ごろにホテルを出て、キャットリン地区(Cắt Trinh)に向かう。昨日の「教室」とくらべてみると、こちらの“Dream Class”(2012年10月に開校)は、はるかにリラックスした雰囲気に見えた。子どもたちは、絵を描いたり、本を読んだり、踊ったり、それぞれが気ままに過ごしているようだった。誰かがすすんで統率しているふうでもなく、バラバラでもなく。ずっと、楽しそうな声が聞こえていた。早いうちから気温が上がり、影と日向のコントラストも強くなった。

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今回のプロジェクトでは、スアンくんの本の出版記念イベントも、重要な位置を占めている。スアンくんは、ほとんどベッドから動くことができない。あるとき、チーさんが彼のちいさなノートを見て、物語が綴られている(イラストも描かれている)のを見つけたのだという。それをきっかけに、出版社をさがし、イラストに少し手を入れて準備をすすめ、ついにスアンくんの本が出版されることになったのだ。「教室」とは別の会議室には刷り上がったばかりの本が並び、壁には宣伝用のポスターが貼られた。きょうの“Dream Class”に合わせて、スアンくんも学校に来て、本の宣伝と販売をおこなうという趣向だ(ぼくも、本にサインをしてもらった!)。

ふたたびテレビ局のクルーの話になるが、やはり「彼ら」は、どうしてもドラマチックな「画」を撮りたいのだ。だが、きょうという一日が、感傷に満ちた「いいイベント」として描かれては困る。ぼくたちの多くは、そういう気持ちをいだいていたのではないかと思う。
象徴的だったのは、梅垣研の学生たちが、無遠慮なテレビのカメラマンに対して繊細に反応し、現場が干渉されることへの抵抗感を露わにしていた場面だ。たしかに、「彼ら」のふるまいは、身勝手に見えた。いちど大学生たちを教室から出して、子どもたちだけの「画」を撮ろうという場面さえあった(つまりは、不自然なカットだ)。もちろん、日本から来た大学生たちは、毎週顔を出しているわけではないが、この日は、大学生たちとともに「教室」がつくられるのが自然なかたちだったはずだ。
じつは、こうしたふるまいは、梅垣研の学生たちがこのプロジェクトの「成員」になっているという証でもある。プロデューサーやカメラマンの傍若無人さを腹立たしく思う。それは、これまでの経験をとおして、〈内側〉の視座を獲得したことの表れなのだ。

ぼくは、一歩下がって見ていた。じつは、昨日もきょうも、ぼくは“Dream Class”のようすを外から眺めてはいたものの、「教室」のなかには一歩も入らなかった。入ることができなかった、と言ったほうが正しいのかもしれない。それは、ぼくがまだ〈外側〉にいるということだ。プロジェクトの成り立ちや意義は、少しずつわかってきた。子どもたちの家庭のようすもじかに見ることができたので、フーカットでの暮らしも、そして、ハンディキャップをもった子どもたちのことも、身体で理解しはじめていた。だが、今回は「教室」のなかには入らないことにした。もちろん、テレビ局のカメラマンの乱暴さには閉口気味だったが、同時に、「教室」にいる子どもたちからすれば、ぼく自身もさほど変わらない存在のように思えたからだ。

そんな気持ちになったのは、ぼく自身が、じぶんなりに「教室」をあずかっている立場だということと無関係ではないだろう。べつに「教室」を聖域のように扱うつもりはない。実際に、じぶんがそれほどの「教室」をつくっているとは思っていない。だがそれでも、無遠慮に「教室」に踏み込まれたときの気持ちはわかる。少しナイーヴすぎるかもしれないが、今回は距離が必要だった。

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ランチのあとでひと休みしてから、ビーチ(bãi tắm cát hải)に出かけた。ぼくは、明日の飛行機でフーカットを発つことになっている。プログラムはまだつづくが、なんとなくひと区切りついた気分になっていた。今夜は、荷造りをしなければならない。細かくてきれいな砂の上を歩いているうちに、少しずつ潮が満ちてきた。🇻🇳

(つづく)