まちに還すコミュニケーション

場のチカラ プロジェクト|Camp as a participartory mode of learning.

余白の理由(3)

アイドリング

年度末、一年間の活動成果を報告するためのちいさな展覧会を開いている。会期はずいぶん前から決まっていたはずなのに、いつも直前になってドタバタする。すでに十数年続けてきたが、毎年、この展覧会を終えると学生たちは達成感にひたる。そのまま何名かは卒業してしまうので、引き継ぎがなかなか上手くいかない。段取りよくすすめておくことの大切さは、直前になって思い知る。例にもれず、今年も、設営の間際になってもまだ出力が終わっていないポスターが何枚かあった。

だが、今回の展覧会がいつもとちがっていたのは、会場となったギャラリーから歩いてわずか数分のところにキンコーズがあったという点だ。24時間営業している店舗だったし、どうやら店内が改装されたらしく、作業用の大きなテーブルも置かれている。余裕のなさに焦りつつも、目の前にある環境を活かしながら、何とか間に合わせようと悪あがきをする。なかには、この店で一夜を明かした学生もいたらしい。


展覧会では、ここ10年ほど続けてきたポスターづくりのプロジェクトの成果を紹介した。縮小サイズではあるものの、500枚ほどのポスターで壁が彩られているのは、なかなか壮観だった。ポスターを介して来場者たちと語らう、ゆっくりとした時間を愉しむことができた。おそらく、ぼくたちがギリギリまで近所で印刷していたことなど、想像もしなかっただろう。準備と本番。時間の使い方も心のありようも、あまりにも対照的で、思い出すと苦笑してしまう。

キンコーズにかぎらず、こうしたコピーなどの出力サービスは、「オンディマンド」が特徴だ。当然、出力にかかる費用も大事だが、ぼくたちが節約したいのは、なによりも時間なのだ。急ぎのオーダーは、割高になるのが一般的だと知りながら、もはや懐の痛みはやむをえない。ぼくたちは、もっぱらスピードを求めて利用する。展示の会期がせまっていればこそ、時間を短縮することに対してコストをかけてもかまわないという意識をもつ(というより、もう後がない)。

「オンディマンド」のサービスは、文字どおり、注文を受けたらすぐにその場で対応するというものだ。つまり、臨機応変なサービス、即興的なサービスだといってもいい。そう思って、あらためて店内を眺めると、さまざまなことに気づく。たとえば何台かのコピー機は、いつでも「スタンバイ」の状態にある。場合によっては、進行中の工程への「割り込み」も許されている。コピーした書類を広げて仕分けしたり、折ったりホチキス留めしたりするための作業台は、整然とした状態で利用者を待っている。あちこちが、即時即興的な要求に応えることができるようにデザインされているのだ。休むことなく機械が動いていれば、その分、売り上げにつながる。少しでも機械の稼働率を上げることを目指すのが、きっと常識的な考えのはずだ。だが、どうやら「オンディマンド」のサービスは、いささか事情がちがうようだ。ぼくたちが求めているのは「いつでも(好きなときに)使える」ことだ。だから、このサービスは、機械をアイドリング状態のままにしておくことで成り立っている。

キンコーズのサービスは、不意の要求にも応えられるように「空いていること」の価値に、あらためて気づかせてくれる。どの機械を、いつ、どのようにアイドリング状態にしておくのか。おそらく、現場でえられた知恵をつかいながら、巧みに機械を遊ばせている。このアイドリングは、「余裕」のある贅沢なことなのだろう。

もっと早く準備をしておけばよかった。そう思いながら、キンコーズに駆け込む。ぼくたちの焦りとは対照的に、店はいつでも静かに寛容に迎えてくれる。何時に行っても、「余裕」のある対応だ。たびたび、深夜まで点る灯りに救われた気持ちになる。(つづく)

◎この記事は、加藤研究室のウェブマガジン exploring the power of place 第33号(2019年7月号)に掲載されました。 アイドリング - exploring the power of place - Medium